水と山と、白い影
ある夜、ついさっきまで確かに見えていたものに焦点が合わなくなることがある、というのにふと気づく。それから、子供の頃から焦点のあったものを構わず二重にずらす癖があったのも思い出しはじめた。その頃はコップからとめどなく溢れる水のような強引さに運ばれ、目の前の鮮明な物体を歪めてみることに惹かれていたのかもしれない。今、私を縛しているこの自堕落な歪みはそれとはまた異なる、力無く頽れる青草ような歪みだ。小さな違いはある時、致命的な裂け目になる。目の前の石ころが、目の前の文字がその与えられた椅子に留まることに耐えられず奔放に泳ぎはじめる。つられて記憶が巡りはじめる。そんなことを繰り返すと、ついに吐き気をもよおして、その場にうずくまってしまう。それからいつの間にか目の前に積まれていた石ころの塔をじいっと見つめていることしかできなくなった。そこに私がゆらりと現れたのだという。はじめ彼女は、私の存在にまったく気づかなかったらしい。出会いとはいつも、こんな風であるようだ。