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微かに白む谷間から

うつあし、よぼろ、ひっかがみ、膝の裏のことである。名があるということはそれと世界を分ける故があったということだろうが、その故とは一体どんなものだろうか。膝の裏をそれ以外と訣した、そんな時代の昔話とは一体どんなものだろうか。大災厄のなか、へこへこと走り回る人々を描いた絵を思い出す。何かに振れ踊り出したものや目を瞠いたまま災厄の淵を振り返り固まっているもの、灰のけぶり舞う鉛色の空を仰ぎ走る母に引かれる子の姿。夕暮れの紫に暗んだ赤赤い空に土砂降りの降る、その中を踊り駆けるあの少年は、いつかの災厄の尻尾をのぞかせているのだろうか。私は尾てい骨をさすりさすり、何事もなかったような今日を思い思いしながら、燃え上がった水のいちどきに冷えかかる中にゆったりと沈みこむように、やがて影になりはじめた塒への道を一人歩いていた。あたりに人影もない。

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