外縁
ある夜、シンクに置かれたままになったコップから溢れ続ける水を見ていた。普段から目にしている光景ではあった。ゴボゴボとふるえる時間、果たしてこの水は見えているのだろうかと、私は訝った。透明なコップは次第にその輪郭を曖昧にし、溢れているのは水であり、泡であり……いや、やはり何も見えていなかったのだ。水は、新らしく蛇口から滔々と注がれる水に揺すられ、混ぜられ、外へと溢れ出しかかる。その溢れ出かけては内にこもっていくような淫らな水に、私の眼はその場にとどまり、少しのあいだ、茫漠とした夜の中にいた。その眼は獣のものであったと、私ははっきり自覚していた。その背は丸く、首がコップの表面に伸びるように傾き、水はその表面に広がる影への不安に、また細かくふるえた。いつしか眠れない夜に、私はふとこの場面を繰り返し思い出すようになっていた。