君は椅子に座り、向かい合って茶を飲んでいる。部屋は方丈で、白く光が飛んでいる。卓にはカップとソーサーが二つずつ。茶を口に注いで干したのち、君は話し始めた。ある世…
綺麗なものしか興味がない 醜いものははなからいらない 綺麗なものは本物で 醜いものは偽物だ 綺麗なものは正解で 醜いものは間違いだ 大学に本を返しに行こうと、人も…
大学の友人がしばらく詰め込んでいたという西洋美術史を赴くままに読んでいた。ジャコメッティの《竿の上の男の頭部》の説明書きに「あえぐように口を開けながら上を向く顔…
街の喧騒の中にいると、微かな一音が尾を引いて残ることがある。 蝉しぐれの降る御所の中を歩いている最中、ひとつの抜け殻を見つけた。久しく間近に眺めた記憶もなか…
蝉の声と雲と青空。ああ、今に静まるぞ…光に包まれるぞ。戦争も知らない私が、どうしてこんなことを思うのか。無雑作に林立する樹木の奥に入道雲がグロテスクに見えはじめ…
目の前に、鈍重な襞の束の降りていることに、いきなり気づいた。いつか上がるのその幕を、私はいつから見ていたのだろう。やはり遠く過ぎ去った記憶の底から私の前に座り…
死んだことに気づかずに生きている 終わったことに気づかずに鳴っている雷のように 瞬間の突き抜ける光ののち のそのそと鳴る雷のように 私は今もまだ死んだことに気づか…
君を前にすると うまく声が出せないんだ 君は楽しげに笑ってるのに 僕はいつも憎んでいる 口から醜く零れる声は 尖って痛いのに止まってくれない 君の顔が見えなくなる …
叫ぶ 叫ぶ 空っぽの声で 見ないで 聞かないで くずれそうに 震えたまんま 壊れていく僕をその音を 見ないで 聞かないで 狂っていく僕をその音を 見ないで 聞かない…
君へコーヒーを淹れる 朝の日差しを背に受けながら 君の起きるのを待っている 道の途切れたその先へ 君の声は導いてくれる 闇の底から見た光が あの世で瞬きたゆたうよ…
わたしのこえはふるえてる わたしのこえはまがってる わたしのこえはあなたをふるわせ わたしのこえはあなたをゆがめる きずつかぬようにこわばれば あなたのゆびをこわ…
星がきれいだ 僕が言う 雲がかかってきたわ 君は言う 君とみるから意味があるんだよ 言えない僕は笑ってうなずく ただ声に出せたなら 白い息に言葉が乗ったなら どんな…
こどもとおとなの境を越えて そっとあなたの手を握る あなたがそうしてくれたように 雪のような昏さを溶かして あなたとわたしの二人の時間が ともに進んでいくように …
散髪屋の匂いとつばをのむ音 ほてる頬とあまい眠気 真冬の夏祭りに溶け出す静かさ 夜の入り口のにおいがふくらむ こわばる唇のてらついた 青白い光に迷いを起こして も…
君の声は歌になる 君の手すらも歌になる 放たれる言葉は宙を舞って 君のかたちをつくっていく ああどうか僕も一緒に 歌わせてくれないかな 僕の声も君の中へ 連れていっ…
涙のきみが離れてゆく日 閉じかけの目をこするきみの 細く柔いその髪を 今日もわたしは撫でられた 涙のきみが離れてゆく日 危うい日常にふらつきながら 歯をむき出し笑う…
伊富魚
2024年8月25日 15:34
君は椅子に座り、向かい合って茶を飲んでいる。部屋は方丈で、白く光が飛んでいる。卓にはカップとソーサーが二つずつ。茶を口に注いで干したのち、君は話し始めた。ある世界の価値観の中で凡庸なものを激烈に好む人がいたならば、ある世界の住人にとってはその人は狂人になるだろう。曖昧なままで堪える、その力があれば。「恋人」の中に「友達」を混ぜ、「家族」や「犬」や「花」を混ぜ、「苦悩」や「享楽」までも攪拌して、名付
2024年8月18日 20:03
綺麗なものしか興味がない醜いものははなからいらない綺麗なものは本物で醜いものは偽物だ綺麗なものは正解で醜いものは間違いだ 大学に本を返しに行こうと、人もまばらな八月のキャンパスを一人で歩いていた。暑さもピークの午後二時、蝉の声で一層不快になっていく気がする。すぐに返して家へ帰ろうと俯き気味に図書館の方へ向かった。どうして忘れていたのだろうか。知っていたはずなのに歩いていた。図書館は閉
2024年7月28日 17:33
大学の友人がしばらく詰め込んでいたという西洋美術史を赴くままに読んでいた。ジャコメッティの《竿の上の男の頭部》の説明書きに「あえぐように口を開けながら上を向く顔は苦痛の叫びをあげているかのように見え」るとある。しかしこの男、笑っていやしないか。戦後に作られたこの作品は、生の危うさや不安を映し出しているらしい。しかしこの男の楽天を見るのは私の不埒な妄想だろうか。苦痛と恍惚は重なり合うということか。そ
2024年7月20日 20:50
街の喧騒の中にいると、微かな一音が尾を引いて残ることがある。 蝉しぐれの降る御所の中を歩いている最中、ひとつの抜け殻を見つけた。久しく間近に眺めた記憶もなかった。手に取ってみると当たり前のことながら軽い。背中の破れ目は乾燥しているのに、腹や目や口元の透けた薄毛は今でも動き出しそうに滑らかに見える。今降りかかった静まりの中にこの抜け殻の主もいるのだろうか。主はすっかりここになおしがみついている過
2024年7月14日 20:56
蝉の声と雲と青空。ああ、今に静まるぞ…光に包まれるぞ。戦争も知らない私が、どうしてこんなことを思うのか。無雑作に林立する樹木の奥に入道雲がグロテスクに見えはじめる。どこか遠い記憶のようになりかかる。あれはまだ幼い、二つか三つくらいの頃だろうか、両親に手を引かれて私はどこか遠い島にあるひまわり畑の中に立っていた。目の前の生々しい緑を前に私は動物的な興奮を覚えた。いつのまにか親の元を離れ走り回り、それ
2024年7月5日 00:18
目の前に、鈍重な襞の束の降りていることに、いきなり気づいた。いつか上がるのその幕を、私はいつから見ていたのだろう。やはり遠く過ぎ去った記憶の底から私の前に座り込んでいたのだろうか。いきなり幕の上がる音が聞えてきた。そして私のすべてが束ねられた。終わりと始まりが束ねられた。小さな黒い光の差し込むひびのようなものが私の目に映った。そしていきなり解けていく。死んでいくその只中に生まれるのである。 こ
2024年6月27日 17:12
死んだことに気づかずに生きている終わったことに気づかずに鳴っている雷のように瞬間の突き抜ける光ののちのそのそと鳴る雷のように私は今もまだ死んだことに気づかずにぬらぬらと生きているのではないか光をのらりくらりと追う音のように死んでいる身体を追いかける声そのものなのではないかこの私はいちどきに死ぬ瞬間に掻き込まれてはいお仕舞いと綴じられるのではないか稲光ののちに遠く音の
2024年6月18日 15:38
君を前にするとうまく声が出せないんだ君は楽しげに笑ってるのに僕はいつも憎んでいる口から醜く零れる声は尖って痛いのに止まってくれない君の顔が見えなくなる曇って歪んで君がにじむ願いは逆さに降りてゆくもう一度やりなおしたいよかたち造られるその前にずっと会いたかったんだ君が生きててよかったうまく言えなかったからもう一度やりなおしをしようぎこちない声とこわばった手
2024年6月14日 21:10
叫ぶ 叫ぶ 空っぽの声で見ないで 聞かないでくずれそうに 震えたまんま壊れていく僕をその音を見ないで 聞かないで狂っていく僕をその音を見ないで 聞かないで君を忘れてしまう僕を忘れないで 忘れないで涙は尽きてもまだ君は残っていてきれいなままで消えてしまう前に壊れてしまった僕の声でも忘れないで 忘れないで いやだ いやだよ見ないで 見ないで崩れ去って消
2024年6月11日 20:21
君へコーヒーを淹れる朝の日差しを背に受けながら君の起きるのを待っている道の途切れたその先へ君の声は導いてくれる闇の底から見た光があの世で瞬きたゆたうようにこの世とあの世が重なる境へ手をたぐる繰りては掴み繰り返しすべりて落つる間の中に君の安らぎの振れる君の心だけを見続けている
2024年6月8日 07:36
わたしのこえはふるえてるわたしのこえはまがってるわたしのこえはあなたをふるわせわたしのこえはあなたをゆがめるきずつかぬようにこわばればあなたのゆびをこわばらせふるえたゆびをちかづけるとあなたはそっときずついているわたしのこえはふるえてばかりふるえはあなたをなみへのせてとおくとおくへはこんでくれるわかっているのわたしはこのよをきずつけているもううんざりだっておも
2024年6月6日 22:29
星がきれいだ僕が言う雲がかかってきたわ君は言う君とみるから意味があるんだよ言えない僕は笑ってうなずくただ声に出せたなら白い息に言葉が乗ったならどんなに世界は色づくだろうけれど僕は黙ったまま君の隣を歩いている世界をあたためる言葉がただ君のための言葉が行き場をなくして迷子になって星の夜に消えちゃう前に声に出してもう一度残された言葉を抱いてさあ声に出して
2024年6月5日 13:53
こどもとおとなの境を越えてそっとあなたの手を握るあなたがそうしてくれたように雪のような昏さを溶かしてあなたとわたしの二人の時間がともに進んでいくように悲しみの微笑と嬉しみの零涙を役割じゃないただのふたりの死にあった瞬きのなかを二色の絵の具が混ざるようにあなたとわたしの過ごした時間がゆっくり溶けて重なっていくの
2024年6月3日 21:41
散髪屋の匂いとつばをのむ音ほてる頬とあまい眠気真冬の夏祭りに溶け出す静かさ夜の入り口のにおいがふくらむこわばる唇のてらついた青白い光に迷いを起こしてもっともっと静かな森へ崩れかけの淵を惑いゆくの
2024年6月3日 07:03
君の声は歌になる君の手すらも歌になる放たれる言葉は宙を舞って君のかたちをつくっていくああどうか僕も一緒に歌わせてくれないかな僕の声も君の中へ連れていってはくれないかな覆い隠した言葉は手足をなくしてもがき塗り固めた年輪はいつか皺を重ねたことを忘れる待って 君に言わなきゃならない泥塗れの靴を見せなくてはいけないねえ君は一体だれ?喉の奥の沈黙がふくらむ本物は
2024年6月1日 17:56
涙のきみが離れてゆく日閉じかけの目をこするきみの細く柔いその髪を今日もわたしは撫でられた涙のきみが離れてゆく日危うい日常にふらつきながら歯をむき出し笑うきみのまっすぐに柔い声を聞けた涙のきみが離れてゆく日わたしは土に還るを知りまだまだ弱い幼子よと今日もきみを追いかけてばかりああ愛しのきみよどうか眠るその時までわたしを支えてくれまいか