短歌〈駅トイレの落書き「もうダメだ」「コノ野郎」「幸せになれ」を結ぶ〉をコントにしてみると…

女子プロレスラー(顔ペイント有)、ペットショップでクリアケース越しに小犬を見ている。
やがて、近くにいる女性店員に声を掛ける。

プロ「すみません。犬をお借りしたいのですが」
店員「ご購入ですね。どのワンちゃんにしましょう?」
プロ「あ、いえ。買うのではなく借りたいんです」
店員「借りる?あ、ええと、当店はペットショップでして…販売だけなんです」
プロ「…事情があっても、ですか?」
店員「ご事情…ですか?」
プロ「はい」
店員「(困惑しながら)それはどういった?」
プロ「(近づき手を握り)よくぞ聞いてくれました!」
店員「イタタタ!」
プロ「あっ!すみません(手を離す)」
店員「(苦笑い)」
プロ「最近引っ越してきた隣人の挙動がおかしいんです」
店員「お隣の…方が?」
プロ「はい」
店員「それと犬が関係ありますか?」
プロ「あります」
店員「そうですか。もう少し教えて頂けますか?」
プロ「ありがとうございます。私が出掛けようとするとその人と必ず会うんです。まるで私が出掛けるのを予め知っているみたいに…」
店員「それは怖いですね…(顔のペイントを見て)でもお強いんじゃ?」
プロ「あ、確かに私の職業はプロレスラーです。こんな体格だし、こんな見た目ですけど…(恥ずかしそうに)すごく内気で…」
店員「そうですか!なんかすみません。私、外見で判断したゃったみたいで。女子プロレスラーの方は強いとばかり…」
プロ「いえいえ。内気な性格を変えたくてプロレスラーになったんですが、あんまり変わらなかった…というか。周りを見てると体が小さい人の方が意外と強気だったりするんですよね」
店員「そういうもんですか?」
プロ「はい…あ、それはいいんですけど」
店員「お話の続きを」
プロ「ええ。この前、自転車に乗ろうとしたんです。そしたら、その人、親切に駐輪場から私の自転車を出してくれて。でも…何で私の自転車知ってるんだろうって…」
店員「それも怖いですね」
プロ「やっぱりおかしいですよね?それに最近、心持ち輝いてるんです。私のサドル」
店員「自転車のサドル、ですか?」
プロ「はい。やっぱり…ニス…塗られてますかね?」
店員「ニス?いやー、わざわざ塗らないと思いますけど」
プロ「ですよね?」
店員「ほ、他にもあるんですか?」
プロ「あります。"郵便物が落ちてました"って届けてくれたことがあるんですけど、玄関を開けたら室内を凝視されて…なんだか気持ち悪くて」
店員「確かに気持ち悪いですね」
プロ「だから相談に来たんです。こちらへ」
店員「こちらへ?」
プロ「ええ」
店員「だとしたら間違えてません?行くなら警察では?」
プロ「いえ。何もされてませんし、警察に行っても取り合ってもらえないと思うんです。だから、せめて室内に獰猛な生き物がいれば威嚇になるかと思って」
店員「室内犬で大丈夫ですか?」
プロ「え?ドーベルマン専門店じゃ?」
店員「(即座に)ないです。街角のペットショップなんで」 
プロ「そうですよね」
店員「はい。チワワとかポメラニアンとか、小型犬ばかりですが大丈夫ですか?」
プロ「獰猛なら良いです。1番懐かず、常にうなり声をあげ、すぐに噛む犬ください」
店員「(即座に)いないです!そんな要望初めて聞きました。だいたい真逆ですね。ご要望として多いのは。犬の性格にもよりますが…お求めの内容は警察犬だ。もはや」
プロ「警察犬?」
店員「はい。かなり特殊なケースに該当するかと…あぁ、一応聞きますが、他に何かご要望はありますか?もしかしたら、うちの子犬でもご期待に沿える可能性も、と思いまして」
プロ「そうですね…そしたら、体は茶色、もしくは黒、耳はピンと立っていて、そうだなぁ…尻尾は短いのが」
店員「ドーベルマンだ!それはドーベルマンの特徴ですね。残念ですが、当店はドーベルマンは扱っていないんです」
プロ「レンタルもダメ。ドーベルマンもいない。だとしたら、私のこの不安な気持ちはどうしたら良いんですか?もう不安に押し潰されそうです!」
店員「心中お察しします。でも、当店ではお力になれないかと…」
プロ「そんなぁ!」
店員「でも折角ご来店頂きましたし…何かお役立ちできないかな…そうだ!そんなに不安な毎日でも、心が落ち着く瞬間てありませんか?何かをしている時だけは落ち着く、みたいな」
プロ「親身に相談にのって頂きありがとうございます。こんなペットショップ初めてです!」
店員「私もあなたみたいなお客様は初めてです!いかがですか?」
プロ「落ち着く瞬間ですよね…最近、不安なことばかりだからなぁ…あ、でも1人になれる空間で文字を見ていると安心するかも」
店員「1人で文字を?なんだか作家さんみたいで素敵じゃないですか!」
プロ「本当ですか?」
店員「ええ」
プロ「ヤダ、嬉しい!」
店員「1人になれる空間とはご自宅ですか?」
プロ「いえ、トイレの個室です」
店員「トイレ?あ、ご自宅のトイレですか!確かに1人なれる空間ですもんね!」
プロ「いえ、駅のトイレとか公園のトイレです」
店員「公園のトイレ…ですか」
プロ「はい!」
店員「(苦笑いで)あ、そういう、へぇ」

店員、少し後ずさりして距離を取り、

プロ「トイレって落書きあるじゃないですか?」
店員「落書き?たまに見かけますね」
プロ「男子トイレなんか凄いですよ」 
店員「そうなんですか?」
プロ「ええ。"電話して"の横に"090"から始まる携帯番号書いてあったりします」
店員「えっ!すごい…男子トイレにも行かれるんですね」
プロ「もちろん。この前なんか、ドアノブ付近の"ピーマン"という文字とトイレットペーパー近くの"豚肉"を繋いで"チンジャオロース"作りました」
店員「落書きを掛け合わせて料理もできちゃうんですね。でもそれって落書き増やしてません?」
プロ「最後にちゃんと消してるんで大丈夫です」
店員「凄い趣味だ!今まで聞いた中でダントツに尖った趣味ですよ!清掃もしてるし!しかも安心するんですよね?」
プロ「ええ。トイレって誰にも見られないから、落書きする人も結構本音で書いてると思うんです。それに私が介入することで"思い"が昇華されるというか。そうすると私まで落ち着く気がして」
店員「なんと!」
プロ「あ!思い出しました!」
店員「何ですか?」
プロ「この前、トイ活で見つけた高架下のトイレ。"もうダメだ"って文字があってそれにあの文字を」
店員「ちょ、ちょっと待って下さい!トイ活って何ですか?」
プロ「あ、まだ行ったことのないトイレを開拓する活動です。伊能忠敬みたいに日本中のトイレマップを完成させたくて」
店員「伊能忠敬は日本地図ですけどね。そんな活動をされてるんですね」
プロ「ええ。(1人考えこむように)この前トイ活で見つけた"もうダメだ"の隣の個室にあった文字、"コノ野郎"、"幸せになれ"を繋がれば…行かなきゃ!」
店員「なんか思いついたんですね?」
プロ「はい!閃きました!ありがとうございます!お陰様でドーベルマンは不要です!」
店員「そもそも売ってませーん!」



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