子どもの声を受け止められる「一時保護所」とは?
こんにちは。ジジです。
シリーズ「子どもの声を聴くとは」の第4弾です。
0.これまでってどんな議論だった?
さて私はこれまで
「一時保護所で子どもの声を聴くとは何か?」をテーマに書いてきました。
第1弾では、子どもの声を一時保護所で聴けていない現状に注視し、現状を反面教師として、「子どもの声を聴く」とは何かについて考えてきました。
第2弾では、改めて一時保護所における子どもの「声」とは何だろうということを考えました。そこでは、子どもの音声的な声だけでなく、そこにある気持ちや表現全体について受け止める必要があることを書きました。
そして第3弾では、そうした様々な「声」の中に含まれた気持ち・表現を、一時保護所職員としてどう受け止めるのかについて考えました。そこでは、子どもから出た表現を全身で受け止め、意味づけをして、行動観察を行い、そして子ども達にフィードバックをするということを書きました。
1.これからはどんな議論をする?
そのうえで私は改めて
「一時保護所」で子どもの声を聴くというときの、
「一時保護所とはどうありたいか?」について考えたいと思います。
2.結論
結論は、私はふみさんと同じ意見です。
「子どもが休める場所」であってほしい。
避難場所、アジール、駆け込み寺、休憩場所など色んな表現をできる場所であってほしいと思います。
3.どんな一時保護所でありたいのか?
出典:児童相談所における一時保護の手続き等の在り方に関する検討会(第5回) 資料 https://www.mhlw.go.jp/content/11907000/000720893.pdf
これは今年の令和3年1月18日に行われた厚労省の検討会にて、岡山県が使用したスライドを引用させていただきました。
ここには本来ありたい姿の一時保護所の在り方について書かれています。
4.なぜ一時保護所はそうありたいのか?
3.では子どもの観点から見たときの一時保護所の在り方について引用させていただきました。
私はそれに加えて、職員目線からこうあるべき一時保護所の在り方について書きたいと思います。
今から当たり前のことを書きます。それは、
適切な行動観察をするためには、適切な一時保護所が必要だから
です。
これを逆から言います。つまり、
一部の一時保護所では、適切な一時保護所の運営がなされておらず、結果適切な行動観察が困難になっているという事実がある
ということです。
行動観察は、将来子ども達が生きやすくなるために、どんな子ども達の特徴・特性があるのかを考えるものです。
その行動観察をする子ども達がおかれている環境が不適切であれば、子ども達は普段の過ごし方ではなく、イレギュラーな行動をとらざるをえなくなります。
そうした行動観察をもとにした見解は、どうしても普段の生活とかけ離れたものになってしまいがちです。
果たして、こうした行動観察は意味を持つでしょうか?
それが職員としての私の疑問です。
5.これからジジが書くこと
私が書きたいことはこれからが本番です。
私がこれから書くのは、一部の一時保護所の現状です。
こうした事実を受け止めなくては、先には進めないと思うのです。
先ほどの岡山県のスライドにもありましたが、一時保護所には、
人権を制約する側面がある
のです。それはどうしたって事実です。
そしてその中には、不適切といわざるをえない一時保護所の現状があります。
こうした事実を私が知る限り、書き尽くしたいと思います。
というわけで今日はここまでです。
毎週金曜日更新です。
(今日は遅れました。)
ジジ
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