拡げた風呂敷を畳む
少し古い話題になりますが、昨年のサッカーW杯では、アルゼンチンが悲願の優勝を遂げ、大会MVPにはリオネル・メッシが選出されました。サッカーに興味がない方でも、彼の名前は聞いたことがあるのではないでしょうか。フォワードであっても前線からの守備が求められる現代サッカーにおいて、彼はほとんど守備に労力を割かないことで有名です。類まれな攻撃力により、守備をしなくても許される稀有な選手です。その代償に、所属チームが勝てない時は得てして批判の対象にもなり、これまで多くの辛酸を嘗めてきました。全世界のサッカーファンがそんな彼の栄光と挫折の歴史を理解していたからこそ、今回の優勝とMVP獲得は非常にドラマチックに映ったのでした。
なぜ本コラムで、話題として風化しつつある本件を敢えて取り上げたかというと、多くの識者が分析してきたアルゼンチン優勝の要因の一つに、「メッシの限られた体力を最も得意としている攻撃に集中させる」方針をチーム全員が戦術として理解したうえで彼の分まで守備に回ったことが挙げられていたことにあります。それが、最近私が各社で改革活動を進めていく際に「勘所」と感じていることと非常に近しかったからです。
我々コンサルタントのミッションは、(ざっくり言うと)顧客の目指す姿に対して顕在化、もしくは潜在化している問題・課題を抽出し、解決に導くことです。そこで肝要なのは「課題をいかに網羅できるか」です。課題の把握が抜け漏れていては、回り道をしてしまったり、やり直しが生じたりしてしまうかもしれません。そのために、コンサルタントはこれまでの支援経験で培った知見や各種フレームワークを駆使し、様々な観点から網羅的に課題を洗い出しています。そして、洗い出した課題の解決に向けた改革活動を進めています。
しかし、この一連の流れでいつも同じ問題が生じます。"課題が出すぎる"のです。
例えば、「検証プロセスの手戻りをなくす」という課題があったとしましょう。そこから「そもそも検証のクライテリアの定義が不十分だ」「更に上流の企画が良くない」といった流れになったり、「検証担当者の教育が必要だ」「会社の人材戦略自体も曖昧だ」といった流れになったり、「そもそも検証する技術がない」「検証技術の最新動向を把握できていない」といった流れになったり...枚挙に暇がありません。より視座・視点を高め、より視野を広く課題を網羅しようとするがあまり、何十という課題が挙がってしまいます。挙がった課題の整理や計画作成に多くの時間を費やしてしまい初動が遅れる、できるだけ多くの課題に対応しようと頑張るも全て中途半端な対処をしてしまう、といった負の連鎖も生じてしまいます。結果、極端な言い方ですが、「課題を解決しようとしているのか、課題をより作ろうとしているのか分からない」という本末転倒な状況に陥ってしまうことが少なくありません。
改革活動において、「風呂敷をできるだけ大きく拡げて課題を抽出していくプロセス」はもちろん大切ですが、より重要視すべきは「拡げた風呂敷を畳んで課題を絞り込んでいくプロセス」にあります。課題対応できる人員や工数は有限ですので、注力すべき課題を見極めることにより意識を向ける必要があります。これまでの支援経験から、拡げた風呂敷を畳んでいく際の勘所を2つ紹介しましょう。
① 課題に優先度をつける。優先課題を納得しあう。
課題に優先度をつける。「当たり前だ」と侮ってはいけません。意外なことに、この基本的なアプローチすら採られず、盲目的に「全部やらなきゃ」と判断されがちなのです。優先度は、QCDへの寄与度や、緊急度、取り組みやすさなどの掛け算で評価する場合もあれば、スピードを重視して直感的に高/中/低の3段階だけで評価する場合もあります。ここで重要なポイントは、どのような評価方法であれ、その結果はただの数値にすぎない、ということです。課題を解決するのは人であり、数値の高さだけでは人は動きません。人が動くためには"納得"が必要です。優先すべき課題の解決に必要なメンバーやステークホルダーが心の底から"納得"できるよう、目指す姿や目的を理解し、問題意識を共有し、優先して取り組む課題や計画を徹底的に議論するプロセスが必須です。そうして"納得"できた状態になって初めて、KGI/KPIなど設定して進捗管理していく意味が成されるのです。
② 得意な課題に絞る。得意なチームに委ねる。
自分たちが得意としている課題に絞って対応することも大事なアプローチです。後ろ向きな考え方のように聞こえるかもしれませんが、「あれもこれも」と得意分野以外にも手を出した結果、具体的な成果を残せずフワッとした活動で終わってしまうケースが多く見受けられます。当たり前ですが、教育の課題は教育について毎日考えているチームに委ね、インフラの課題はそれを担うチームに委ねれば良いのです。もちろん、問題・課題の認識が揃っていないと委ねられませんので①のとおり議論は必要でしょう。他チームが逼迫しているならばアドバイザーとして協力してもらうに留めることもよくありますし、社内に得意な人材がいないのであれば、我々のような社外の知見者を頼ることも一案です。大事なことは、とにかく自分たちだけで何でもしようとしないこと。得意な課題に絞って具体的な成果を出すことに注力しつつ、それによるリスクは全社で役割分担してカバーしあいましょう。
ここで改めて、冒頭の話題に戻します。アルゼンチン優勝の要因の一つは、「メッシの限られた体力を最も得意としている攻撃に集中させる」方針をチーム全員が戦術として理解したうえで彼の分まで守備に回ったことでした。まさに、「有限のリソースを、優先度の高い課題、得意としている課題に集中させる」「全員がその考え方を納得する」「優先度を下げたリスクを全員でカバーする」、それらを体現できた結果だったことが分かりますね。
また、別の識者は「メッシを優勝させたい!」という"決意"をチーム全体・国全体で共有できていたことも勝因に挙げていました。これまで挙げてきた勘所もぜひ意識していただきたいですが、「社会を変えよう、会社をより良くしよう、課題を解決しよう」といった"断固たる決意"こそ改革活動の動機であり、その"決意の共有"が全てに優先するということは言うまでもないでしょう。
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シニアマネージャー 飯島 康仁