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子供と一緒に泣く先生
『ただ遠いのよ…その塾。』
母の友人は顔を曇らせた。
が、次月から、片道40分の道のりを、ハツラツと自転車で駆け抜ける私がいた。
距離なんてどうでもなかった。
母は送迎出来ないと渋ったが、私には自転車がある。
季節は春だった。
私は12歳になっていた。
∇∇∇
そこは木造で、2階部分が塾として使われていた。真ん中に8人がけのテーブルがどんとあり、部屋の隅にベビーベッドがあった。
そこには、先生の赤ちゃんがたまに寝かされていた。先生は、産後間もないお母さんだったのだ。
双子だったと思う。
曖昧なのは、可愛い赤ちゃんたちも目に入らないほど私の意識が先生とホワイトボードにのみ向けられていたからだと思う。
その子たちはとても大人しく、一度も泣き声を聞いたことがなかった。
しかし全く泣かない訳がない。
私の耳が先生の話す英語のみにしか反応していなかったからだと思う。
初めてその塾に入り、初めて先生の読む英語を聞いたとき、私は数秒間、過去の世界に留まったようだった。少し遅れて現在に戻ってきた。
それほどの衝撃があった。
英語の意味は全く分からなかったが、先生の口からメロディのように流れ出る様は、日本人でもここまで流暢に話せるようになるということを理解させた。
私は猛烈に予習復習をこなし、必死に勉強した。
没頭した。
楽しかった。
∇∇∇
毎週日曜日は、完璧に仕上げて、雨でも晴れでも自転車こいで一番乗りだった。
しかし、その8人テーブルに一緒に座る子たちの中には、遅刻ギリギリの子や、宿題忘れの子が結構いた。
その度に先生は本気で叱った。
その子達が泣くまで叱り、泣くと先生も涙した。
そして、最後はじんわりとしっかりと励ますのだった。
そんな人間味のある厳しい先生を尊敬していた。
英語だけじゃない、もっと根本的なことを小学生の私達に教えてくれようとしていた。
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