【エロ漫画と少女漫画が生んだ悲劇】
『では、その絵から想像する会話をその吹き出しの中に書いてください。』
教授は一言そう言った。
配られたプリントに目を落とす。
そこには、私達と同じくらいの若い女性と男性が描かれていた。女性は泣いていて、男性は心配そうにその肩を抱いていた。
『大丈夫、そばにいるよ。』
『ありがとう。』
そんなことをサラサラと書いた気がする。
プリントには記名欄は無かったが、性別欄はあった。
しばらくして、プリントが回収されていった。
『では、いくつか抜粋して読んでみましょう。』
教授は、まず女子学生のものから読み始めた。
『ごめんね、俺が悪かったよ。』
『大丈夫だよ。』
『心配要らないよ。』
まぁそこは想像の範囲内であった。大体似通っている。
次に教授は男子学生の書いたものを読み始めた。
私は驚愕した。
私だけではない、きっとあの時、講堂の全女子の思考は停止したはずだ。
教授は、口に出すのもためらわれる程の汚い言葉をスラスラと口にしたのだ。
ゲスで、クズで、エロい言葉ばかりを、涼しい顔で読みあげていった。
とにかく総じて、押し倒してヤリたいというような内容ばかりであった。
∇∇∇
それは、単位が必要だし難しそうじゃないし、たまたま取った講義だった。
性について学ぶものだったが、何という科目名だったかは覚えていない。
ただこの男性教授が、自分の性を置いといて、ジェンダーフリーで平等な持論を展開するのが好きだった。
『全く同じシーンを見てるのに、真逆の想像が働きます。男と女はこんなにも違うんです。』
そりゃ、ロマンチックな男子もいれば、狩り好きな女子もいるだろう。
しかし、それは少数派に見えた。
男子の読んできたエロ漫画と、女子が読んできた少女漫画がこんなにも男と女を隔ててしまったのだろうか。それも一理ある、と教授は言った。
ゲスい想像力に『キモ。』とつぶやく女子の夢子願望に男子は『キモ。』とつぶやく。
本当の悲劇はこの深い隔たりではなくて、隔たってしまった男女が恋愛や結婚をするということだ。
そりゃ双方、多大な努力や我慢が必要になる。それを歩み寄りと呼ぶか、諦めと呼ぶかは分からない。
うちには3人の息子がいる。
もうすでに彼らの行動は理解不能だし、思春期や反抗期のことは想像もしたくない。
今朝、録画リストを開いたら、金曜ロードショーのディズニー映画が自動録画されていた。観たことはないが、ハッピーエンドなプリンセス映画だろうか。
ふと思った。
幼い頃からこんな映画ばかり見せて育てたら、女子の気持ちが分かる男に成長するのだろうか。
それとも、また別の自我が芽生えたりするのだろうか…。
ぇえ…! 最後まで読んでくれたんですか! あれまぁ! ありがとうございます!