【ポキポキ折られてマシになる】
(モイン…ザ…デー…?)
私は渡されたホストファミリーの名前リストを眺めながら、ある名字でつまづいていた。
いわゆる北米らしい名字ばかりで、ある程度読み方の予想はつく中で、これだけは異質だった。
私は教室内を見回すふりをして、並んだホストファミリー達の顔をチラチラと覗き見した。
白人ばかりの中に、黒髪黒目の3人が見えた。
(あ、あの家族なんだ、きっと。)
そして思った。
(あ、私、あの家族なんだ、きっと。)
∇∇∇
バンクーバー・ノンフィクション
──中学海外研修の実体験より
その日、私達はサンフランシスコを出てシアトルに向かい、そこからバンクーバーへ渡った。
そして、これからお世話になるホストファミリーと初顔合わせの場にいた。
学校の教室内で、ウェルカムパーティーが開かれ、最後にどの生徒がどのホストファミリーにあてがわれるのかの発表だった。
今夜、私達はそれぞれ各家庭に「帰宅」するわけだ。
生徒の名前が呼ばれ、ホストファミリーの名前が呼ばれる。彼らは握手をし、一緒のテーブルに座る。これが繰り返された。
活発で美人なあの子は、モデルのママとイケメン息子の一家へ配置され、
真面目で思いやりのあるあの子は、医者のパパと娘と2匹の犬の一家へ配置された。
世の中うまくできている。
私はひとり納得した。
全く偶然だろうが、その人に見合った家庭に次々と配置されていっている気がした。
遂に名前が呼ばれ、私は立ち上がった。
『ホストファミリーはモインザデーさん。』
3人の親子は黒い目で私に微笑みかけた。
やっぱり。
こういうのは大体そうだ。
大抵こういうのは、私に当たると決まっている。
自分に見合った相手がいわゆるマイノリティ。自分の価値が急激に低くなった気がした。
∇∇∇
モインザデー家と一緒のテーブルに移動した後、家族が自己紹介をしてきた。半分程度しか聞き取れない英語の羅列の中で、
『イラニアン。』
それだけはハッキリと聞こえた。
イラン人の事だろうか…。
私は周りのテーブルを見回した。
別世界に見えた。
私の憧れのアメリカ映画の中のような暮らし。
それはすぐ隣のテーブルにあるのに、なぜ私はそこに座れないのだろうか。
アメリカまで来てカナダまで来て、なぜ私はイラン人の家庭に寝泊まりすることになったのだろうか。
顔では笑いながらも心の奥でポキッと何かが折られた音を聞いた。
∇∇∇
確かに、世の中よくできてるのかも知れない。
その人に見合った出会いが与えられるようになっているのかも知れない。
あの時は気づかなかった。
貧乏クジを引かされたと失望していたあの時は。
思い上がっていたあの時は。
当時ハリウッド映画にどハマリしていた私は、綺麗な女優ばかりを観て、いわゆる白人至上主義になっていたんだと思う。
子供の私は、ただの憧れだと認識したが、それは無自覚を伴って、既に危険な域に達していたんだと思う。
自分でも気づかぬうちに、私は人種差別への橋をせっせと作り、
他人を見下せる位置までのハシゴを作っていたのかも知れない。
ポキッ。
あの音は、失望で心が折れた音か。
それとも橋が、ハシゴが、折られた音か。
あのイラン人一家は、勘違いした私に与えられたチャンスだった。
軌道修正するためのチャンスだった。
思い通りに進むことは何も素敵なことじゃない。
私の思う通りなんて、傲慢で自分勝手でろくでもないことが多いのだ。
『期待ハズレ』や『失望』に、ポキポキポキポキ折ってもらって、少しずつでもマシな人間になっていく。
あの家族との出会いは、まさにそんなチャンスだった。
思い上がっていた私を地上まで引き戻してくれるチャンスだった。