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マイルストーン
小柄で華奢だが曲線的な女だった。黒髪は柔らかく肩に乗っていて、その黒の深みの奥から香り立つものがあった。いつも伏し目がちで、その瞼は薄く透き通るような白だった。カーディガンから覗く手首。歳上だろう、いくらか弾力の落ちたその肌はどうしようもなく儚かった。
「おつかれーっす。売上げお願いしまーす」
もう三十になる癖に、こんな頭の悪そうな喋り方しか出来ないなんて我ながら情けない。将来の夢は社長になることです!と堂々発表していた小学生の俺が見たら思い切り失望するだろう。何が社長だ、パチンコ屋でアルバイトだ。
あ、はい、と小さく返事をし、彼女は立ち上がる。カタン、と椅子が小さく後ろへ動いた。コツ、コツ、コツ、と彼女の音が鳴り響く。がらんと抜け落ちていくような無機質な空間、その細部にまであらゆる神経が這い巡らされてゆく。夜更けの事務所は高密度だ。
ーーー
もうすぐ、一年になる。この企画のお知らせを目にしてから。その時私の胸の奥は確かにわなないたのだけど、書き始められなかった。
あの頃私はまだnoteに足を踏み入れてほんの数ヶ月で、書くということに対して浅かった。深くまで潜る感覚が分からずにいて、その自覚がはっきりとあった。
この企画を知ったその日は七夕だった。開催期間は一年間。私はそっとマイルストーンを置いた。一年後の七夕に。
季節は巡り、長い雨。文月にはもう手が届きそう。
ーーー
先に載せたのは、 #書き手のための変奏曲 のために書いているリライト小説だ。
この一年で掴んだもの、募らせたもの、深めたものは、私にもよく分からない。それでもあの日遥か遠くに霞んでいたマイルストーンがもうこれほどまでに大きくはっきり見えているから、私は書き始める。
書き終わったら私の一年間の輪郭も少しは見えてくるだろうか。沈んだり浮いたりしながら書き続けたこの日々の意味するものが見えてくるだろうか。
そしてきっと私は、また次のマイルストーンを置く。まっすぐ先を見通して、片目を瞑って狙いを定めて。
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