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板橋区とスダチの不登校支援をめぐる騒動に寄せて


はじめに

今夏、株式会社スダチから出された「板橋区と株式会社スダチが連携、不登校支援を強化」というプレスリリースによって起こった動揺は、9月5日の教育委員会による発表をもって、いったんの区切りを迎えたと考えています。
この1ヶ月、区内外の多くの方から不安や心配の声をいただきました。さまざまな個人・団体のお力添えにあらためて感謝申し上げるとともに、これからも、当事者同士の交流の場として不安の声に寄り添っていきたいという思いを強くしています。

「いたばし不登校・ホームエデュケーション保護者会」は、今年6月に世話人がひとりで立ち上げたばかりの、小さな集まりです。
活動そのものがこれからというタイミングであったことや、今回の事態が不登校対応、教育行政だけの問題ではないと推察されることなどから、これまで表立った意見の表明は控えてきました。

しかし、このたび迎えた区切りを機に、板橋区立の小学校在籍の不登校児童を育てるいち保護者として、今回の件を通じて感じたことを書いておこうと思います。
※ あくまで当会世話人の個人的な思いであり、当会参加者の総意などではないことをご承知おきください。

8月5日のプレスリリースで感じたこと

8月5日、スダチと板橋区とが〈連携〉して不登校対策に乗り出すとするプレスリリースが発出されました。その文書には、スダチが「「再登校を目指す」という選択肢を当たり前にすることを目標」に事業を展開する企業であると書かれていました。

このような理念を掲げる企業と区が協力関係を結んだという知らせは、区内で不登校の子どもを育てる私のような保護者にとって、たいへん大きな不安を抱かせるものでした。

その不安を言葉にするなら、次の2点に集約されると思います。
・学校や教育委員会から子の再登校を促される不安
・再登校を目指さない選択をした/せざるをえない場合に、区の教育行政からこぼれ落ちてしまう不安

株式会社スダチによる説明「8/5のプレスリリース(板橋区との連携)について」より
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000014.000082092.html(2024/9/6参照)

我が子も含め、不登校のなかには相当数の、現在の学校の枠に収まりきらない子どもたちがいます。親子関係や子どものやる気といったところへの働きかけでは、登校へとつながりにくい子どもたちです。
そうした子どもとその保護者にとって、「「再登校を目指す」という選択肢を当たり前に」と書かれたあのプレスリリースは、まるで行政の側から決別の勧告を受けたようで、とても苦しいものでした。

また、不登校には教員との不和や児童・生徒間のトラブルなど、学校内で生じた人間関係等の問題を理由とするケースが多く存在していることも周知のとおりです。
家庭に一方的な非があるかのように謳う企業の宣伝文句を目にする機会となった今回の件が、そうした親子にどれほどの恐怖や悲しみをもたらしただろうと想像すると、胸が詰まる思いです。

その面では、8月9日という比較的早期に「(区の不登校支援の)取り組みの方針を変更するものではない」と発表されたことは、一定の安心をもたらすものであったとは感じています。

そもそもの問題点は何か

私が指摘するまでもありませんが、不登校への対応として、
①すでに不登校になっている子や保護者への支援
②不登校になりにくい学校づくり
という両者の課題にそれぞれ取り組む必要があります。

①の支援は、傷つき疲れ、学校へ行くことをやめた子どもたちやその保護者に寄り添うものであって欲しいと考えています。
そして②について、「学校が変わると学校へ通える子が増える」のだということを今ここで強調しておきたいと思います。

現状の学校という箱におさまりきらず、別の場所で休んだり学んだりする道を選ばざるをえなくなっている子どもたちの一部は、学校が変われば不登校ではなくなる可能性があります。
私の子どもは以前住んでいた海外では現地校に毎日楽しく通っていましたから、もしかしたらその可能性のうちのひとりかもしれません。私は我が子に学校に戻って欲しいと思っているわけではありませんが、学校が変わって通える子どもが増えれば、不登校でつらい思いをする親子が減ること、子どもたちの教育機会や経験の格差が生じにくくなることなど、良いことがたくさんあると考えています。

そのような「良い」変化を学校にもたらす役割が、行政であり教育委員会であると期待するからこそ、親へのアプローチのみで不登校を〈解決〉に導こうという企業と手を組む可能性が示唆されたことに、非常なショックをおぼえました。
まるで不登校の原因のすべてを家庭に転嫁し、課題や対策を丸投げしようとしているかのようにも感じられ、少なくとも私の目には「寄り添う」のではなく「突き放す」動きであると映りました。

たとえ「選択肢のひとつ」であったとしても、「(不登校の)原因の9割以上が親の過保護・過干渉」などと発言する代表のいる企業と、区の教育委員会とが協力関係を模索していたという事実は、それだけで当事者の心に陰鬱とした気分を生んでいます。

佐藤佑輔「「不登校ビジネス」の批判に支援事業者が反論 板橋区の連携撤回に戸惑いも「はしごを外された」」 ENCOUNT https://encount.press/archives/666844/(2024/9/6参照)

スダチによる第一報からちょうど1ヶ月にあたる9月5日、板橋区教育委員会が「板橋区教育委員会事務局の株式会社スダチとの一連の経緯と不登校対応の方針について」と題した説明文書を公開しました。

そこには、本年5月にスダチの説明を受け、教育委員会事務局が抱いた感想が率直に書かれています。

不登校の要因は多岐にわたるだけでなく、複合的に絡み合っているため、不登校児童・ 生徒全てについて普遍的に効果があるものではなく、とはいえ、同社の取組内容が効果を発揮するケースも、皆無ではないかもしれない、そのようなケースの類型化の研究は、価値があり得るかもしれない、という印象ないし期待を抱いておりました。

「板橋区教育委員会事務局の株式会社スダチとの一連の経緯と不登校対応の方針について」p.1

これは、8月9日のお知らせにあった、スダチとの協力を「選択肢の1つとして」の取り組みであるとする文言と齟齬がなく、スダチの理念や方法論を素直に受け止め、希望を感じていたことがうかがえる内容として読むことができます。
かねて「課題として考えて」いたという保護者に対する支援の答えをここに見出したという事実には、ひたすら残念な思いです。

同文書では、スダチと教育委員会との「すり合わせ」「協議」の不十分さが今回の混乱を招いたと反省されていますが、私としてはやはり、このような企業と手を組むという議題が机の上に乗ったことそのものが間違いであったと指摘しなければならないと考えています。

当事者としての願い

先に引用した9月5日の教育委員会事務局の文書にもあるとおり、不登校の要因は多岐にわたります。
その多様な要因のなかに、現状の「学校」からはじき出されてしまった子どもが多くいること、そういう子どもを抱えて育児の難しさに直面している保護者がいるということを、どうか忘れないで欲しいと切に願わずにはいられません。

不登校支援や多様性に配慮した教育環境の整備など、板橋区教育委員会においても、すでに多くの課題解決に向けた取り組みに着手されていることは承知しています。現場の職員さんや先生方の努力にも、とても感謝しています。

けれども、私たち保護者が思う「こうだったらいいのに」は、まだまだ多く残されています。
個性豊かな子どもたちが居心地よく感じられる学校づくり、学校の外での学びや居場所の確保、保護者の安心を生む仕組みの充実、進学・就職に向けた不安の払拭など、当事者の目にうつる課題は山積しています。ぜひ、私たちの声に耳を傾けてください。
そして何よりもまず、すべての大人たちの責任として、多様な子どもたちの現実に向き合うことを第一に、今後はより良い選択がなされることを希望しています。

追記:本ページのURLを板橋区教育委員会指導室宛の連絡フォームより「ぜひご一読いただき、思いを感じていただけたら」と申し添えてお送りしました。今後、区教育委員会や学校、地域、各家庭と手を携え、ともに子どもたちの成長を見守っていきたいと考えています。

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