Growth Mindsetを育む
キャロル・ドウェックが「Mindset(邦題は『マインドセット-「やればできる!」の研究』)」という本を出したのは2012年のことです。外資系企業では社員に求めるマインドセットとして取り上げられ、私自身も英語でのトレーニングを受講し、現在はトレーナーとなっています。
本の中では、Growth Mindset(しなやかマインドセット)とFixed Mindset(硬直マインドセット)について語られていますが、実際にGrowth Mindsetで活動をしてゆくためには何をどうしたら良いのかというのは、なかなか難しいものかもしれません。
一人一人が行動習慣を変えてゆくことだけでも時間がかかるものではありますが、おそらくはそれ以上に他者との関わりの中でお互いにGrowth Mindsetで啓発しあうことがないと培ってゆくのはなかなか難しいでしょう。
すなわち、Growth Mindsetを育むのはチームで一緒にやった方が良いのです。
どういうことなのか、見てゆきましょう。
マインドセットとは
マインドセットとは、自分のスキルや能力を時間とともにどれだけ向上させることができるかについての信念を含む、個人の能力についての考え方(心構え)を指します。
マインドセットは私たちの行動に影響を及ぼし、状況や専門性のレベル、その時の感情によって影響を受け変化します。
特に挑戦的な状況に直面した時に、私たちの行動にまで影響を与えます。
よって、そのような状況になったときに、どのような情報に注意を払うか、脳がエラーやミス、それについてのフィードバックをどのように扱うか、「成功」や「失敗」をどのように解釈するかを知っておくことが大切になります。
例えば、マインドセットによっては、自分達の能力に対するチャレンジの大きさに圧倒されて結果の悪さだけに注目することになります。そうなってしまうと失敗から学ぶ機会を逸してしまうのです。
失敗した時に受け取ったフィードバックを学習の機会だと思うことができれば、そこから成長をすることすらできます。
Growth MindsetとFixed Mindset
マインドセットには二種類あると言われており、それがGrowth Mindset(しなやかマインドセット)とFixed Mindset(硬直マインドセット)です。一般的にはFixed Mindsetの人の方が多いと言われていますが、国や文化によっても異なるようです。
Fixed Mindsetとは、物事をある特定の時点で出ている結果として見ています。絵や写真のように静的に動かないものとして状況をみて判定をします。今までのやり方でうまくいかなかった場合は失敗であり、それは否定的なものとして固定されてしまいます。
また、スキルや能力はそれぞれにユニークであり不変であるという思い込みがあります。才能があるからできるとか、ないからできないとか、そういう考え方ですね。こういう考え方があると自分の欠点を表に出さないように気を払います。
別の言い方をすると減点法的な考え方であり、100点満点を目指そうとします。
具体的には以下のような行動ととる傾向があります。
得意ではないことは避け、最小限の努力で対応する
失敗しても開き直る。才能ないんだからできなくて当たり前、と。
他者からのフィードバックに対して否定的に反応したり受け取らない
失敗しても、それをみないようにしてそこから学ぶチャンスを逃す
業務中にあまり気を払わないで場当たり的に対応する
一方のGrowth Mindsetは、物事をダイナミックな動的なものとして見ています。映画のように始まり・中間・終わりのフェーズがあり、過去に何があり、今それがどうなっていて、この先どうなりそうなのかを考えます。
また、努力と粘り強さによってスキルや能力は時間の経過とともに向上してゆくという信念があります。長期的に改善してゆけば良いことだと考え、スキル開発に意欲的であり、フィードバックを成長の機会と捉えてそこから学びます。
より良い状態でありたい、という願望がそこにはあり、たとえ分からないことやできないことがあったとしても、それは成長する余地があると考えてチャレンジします。
具体的には以下のような行動をとる傾向があります。
スキルアップに意欲的で、以前よりも成果を上げることに集中する
才能や能力は努力と粘り強さで育てられると思い込んでいる
さまざまな方法を試行錯誤し、周りからのフィードバックを求める
業務中にさまざまなことに注意を払い、ミスからも学び、もらったフィードバックはさらに向上するための金言と捉える
この二つのマインドセットがかなり異なるものであることがわかったのではないかと思います。でもFixed MindsetからGrowth Mindsetにシフトしてゆくことはできなくはありません。
そのためには習慣を変えてゆくことです。3つほど方法があります。
進歩に価値を置く(Value Progress)
Growth Mindsetでは、静的に物事を捉えるのではなく動的なものとして考え、物事が時間の経過とともに変わってゆくことに注目します。そして、時間の経過に伴う進歩に価値をおいて評価をします。
例えば、何かを100点満点でできなかったとしても、最初に取り組んだ時と比べてできるようになった点や良くなった点を見出し、この調子であればさらに良くなれると考えるのです。
物事の見方として、「またできなかった」ではなく「以前と比べて、ここができるようになった。そして、できてなかったことはこうすればできるようになる」という考え方を習慣にしてゆくのです。
これは一人で言ってるだけですと気休みみたくなるので、同僚やチームメンバー、あるいはリーダーからそのような声がけが必要ですね。
この要領の延長線上で「できない」「うまく行かない」で終わらずに、その後ろに「まだ(Yet)」と足して考えるようにすることも有効です。
つまり、「○○できない…今はまだ、ね」とか「うまく行かなかった…今回はまだ、ね」とまだできないけれど、いつかできるようになるという含みを持たせるということです。
「まだ、これからさ」という意志を込めていると言っても良いですね。過去・現在・未来へと繋げて考えるのがGrowth Mindsetですので、まだできないけれど、この調子でいけばいつかはできる、と考えているのです。
何だか子供騙しのようですけれど、これが意外と効果があります。これで終わりではない、次があるのだと思う癖を作ることは組織の中にエネルギーを生み出せるものです。
積極果敢に試す(Experiment)
Growth mindsetを持っている人は、積極的に色々と試すということをします。実験をする、という言い方でも良いでしょう。英語ではExperimentと言います。
実験とは、新たな手続き、アイディア、活動を試すことを意味しています。実験という行動を起こす前にアイディアを練ったり、仮説を作ったり、その検証のために必要となるエヴィデンス(証拠やデータ)は何であるのかを考える思考実験もこの中には含まれるでしょう。
そして、実験とは明らかに今までやっていたやり方とは違うやり方を試すことを意味しています。たとえ現在うまくいっていたとしても、やり方を変えてみたらどのように結果が変わるだろうか、より良くなるだろうかと考えて練ったアイディアを試すのです。
なので、今までの考え方から一旦外に出ることができるのであれば、それは何でも実験ということができます。当然、うまくいかないアイディアもありますけれど、それがうまくいかないということすらも学びとなりますし、そこから新たなアイディアが生まれて前進するかもしれません。イノベーションを生まれるような環境というのはこのような実験を繰り返し行うことができるような環境です。
ただし、何でもかんでもとにかくやってみようというのはリスクがありすぎますし無駄な行動も増やしてしまうことになるので、思考実験から入るのが良いと思います。
具体的には「What if…(もしこうだとしたら)」と「If then(もしこうなったら、こうしよう)」というシミュレーションを繰り返し繰り返し行うということです。
What ifで考えてみて、どうなるかの想像ができなければ他の人に意見やフィードバックをもらっても良いでしょう。仮に試してみないとわからないとしても、うまくいかないかもしれないということはある程度含みおいた上で試してみることです。過度に自分のアイディアに惚れ込まずに、わからないしうまくいかないかもだけれどやってみようという軽い気持ちが大事です。
そして、軽い気持ちでやってやってみたら素早く次のアクションに進みます。うまくいったのであれば今までやり方は変えるし、うまくいかないのであれば気持ちを切り替えて他のやり方を考えるか、一旦この案件から手を引くことになるかもしれません。うまくいくまで再実験するような意味のないことはせず、うまくいかないとしたらそこには必ず理由があり、それを学びにいくイメージです。その時に使えるのがIf thenでもあります。プランBのようなものを考えておくということですね。
他者から学ぶ(Learn from Others)
成人が自己の成長のための学ぶ方法には三つあると言われています。一つは自分自身の経験から学ぶやり方、自分自身で本や勉強をして学ぶやり方、そして三つ目が他者から学ぶやり方です。
キャロル・ドウェックの本の中では、この他者から学びについて、フィードバックとロール・モデルから学ぶことを薦めています。
自分なりの考え方がありそれが正しいと思い込んでいると、私たちは他者に援助を求めることができなかったり、他者が手を差し伸べてくれていてもそれを受け取らずに避けてしまったりすることがあります。
前述のFixed Mindsetの人たちは、自分が助けが必要である人間であるとみられることに避けようとするあまり、有益であるとしても他者から学び機会を逃してしまうことが多々あるようです。
Growth Mindsetの人々は、自分と他者の考え方に接するところから既に学ぶ状態が始まっています。どちらが正しいとかではなく、自分の考え方との違いから先ずは学んでいるのです。なので「教えてください」とかではなく、日常の会話の中からいくつもの学びを得ることができます。
また、自分の持っている知識をそれが不完全なものであっても積極的に他者と共有し、そこに他者の知見や知識を使って補完することで学ぶこともできます。
このようなアプローチをとると、その人に対して教えてくれる人がどんどん増えてゆくので自分で頑張って知識をとりにいかなくても他者との協力関係の中から必要な知識が得れるようになってゆきます。
キャロル・ドウェックはFeedbackが他者からの学ぶ機会の一つだと言っています。しかし、Feedbackというのは授ける方も言いにく所があったり、受け取る方もいきなり呼ばれて言われると嫌な感じがする人もいるでしょう。
そこで、FeedbackはProactiveに自分から相手に求めてゆくと良いです。与える方は相手から求められたときにFeedbackするのは心理的なハードルが低くなり、より相手のためになるFeedbackがしやすくなります。
ロール・モデルを探すことが他者から学ぶ上で効果的であることはキャロル・ドウェックも行っていますが、このFeedbackを求めることやリーダーや影響力のある人が学びを取りに行ってる状態をチームの他のメンバーに見せてロール・モデルとなるということも非常に有効です。
リーダー自ら試し、失敗し、他者に意見を求め、そこから学ぼうとしている姿を他の人たちに見せれば、自分達も多少失敗しても大丈夫だと思って積極的に試しそこから学ぼうということになるでしょう。
このように、皆がお互いに学び合うような状況を作ることができれば、チームの中にGrowth Mindsetは育まれます。
いかがでしたでしょうか。
今回ご紹介した考え方の元ネタはHBR(Harverd Business Review)にも文献として掲載されています。
重要なのは習慣や交わされる言葉を変えてゆくこと。それが文化を作ります。
しかしながら、組織の中で一人の個人だけが頑張って習慣を作って行くこと、さらにはそれを組織の文化にしてゆくのはかなり無理があるでしょう。
カリスマ性のあるリーダーがいればあるいは…と思われるかもしれませんが、マインドセットは外からの圧力ではなく一人一人の内側で培われるものです。いくらカリスマ性があったとしても、それに皆が従ってできるというものではないと私は考えます。
個人の中で芽生えてつつあるマインドセットは、周りが盛り立てて応援してゆくからこそ育ってゆくものだと思います。芽が出た植物に陽の光や雨の恵みがあるように。
今回ご紹介した習慣も、表に発現した時点で周りがその価値を認め、自分の中からも発現させてゆこうとなってゆくことでじわじわと広がってゆくものかと思います。そうやって組織の中で皆が少しずつやるようになってゆけば、それがやがては習慣化し、やがては文化に育ってゆきます。
そして、その文化が本当に人を育ててゆく、組織のGrowth Mindになってゆくのではないかなと私は思います。