SS:『ある老人の話』山口祐也
#1 荒地と闘う老人(あるいは人はみな歴史)
アズマワディカの荒地と1人で格闘する老人がいる。ルーデンス=オニカズラさんは、40年という長い年月をたった1人で、アズマワディカのとある地域(※ルーデンスさんの要望で場所の名は伏せる)の緑化に携わっている。
なぜ彼は一見無謀とも思えるような挑戦に、その命を燃やすのか。話を伺う事にした。
ー本日は取材をうけてくださってありがとうございます。
いやいや、構わないよ。私も久しぶりに人と話が出来て嬉しいんだ。特にラティカの人となれば尚更だ。遠くからよく来たね。私も昔はラティカに住んでいた事があったよ。良い記憶はあまり無いがね。
ーラティカに住まわれていたのですか?
ずっと大昔の話だよ。首都に住んでいた。空軍本部の近くの裏道にあるバーに入り浸ってた。今でもあるのかな?
ーええ、今でも昔のまま営業していますよ。軍人さんたちで大いに賑わっています。それでは、さっそく本題のインタビューに入らせていただきます。ルーデンスさんは1人でアズマワディカの大地と闘われているわけですが、お辛くはないでしょうか?
辛いと思った事はないよ。そうしなければならない使命だと思っているんだ。それに、私がここに来た時は1人じゃなかったんだよ。
ーどなたかと一緒だったのですか?
妻と一緒だった。それはそれは美しい女性だったよ。私にはもったいないくらいだった。アズマワディカは彼女の故郷だったんだ。
ー奥様と一緒だったのですね。奥様は今は…?
亡くなったよ。もうずいぶん昔の話だ。
ーそれは失礼しました。
構わない。彼女の話は、私がなぜアズマワディカを耕すのかという話と、切っても切り離せない関係にあるからね。
ーそうなのですね。では、ルーデンスさんはなぜこの土地で、たった1人で、闘い続けるのでしょうか。
それを話そうとすれば、長い話になる。かいつまんで話せば、彼女が私に「故郷の美しい景色を見せたい」と常々言っていたからさ。2人でアズマワディカに戻ってきた時、美しいアズマワディカは失われていた。全ては愚かな戦争のせいだ。失望の中で彼女は死んだ。(それが)許せないんだ。
ー「奥様との約束を果たすため」ということですね?
そんな大層なものじゃないよ。
ー詳しく聞かせていただいてもよろしいでしょうか?
構わない。あれは私が30代の頃、タイウォで失意のどん底にいた頃の話だ。
#2 老人の昔話(あるいは語り得る歴史の記録)
30代の頃の私はタイウォにいた。自分の考えなしと、しでかしたことの大きさに押しつぶされながら、酒に溺れる生活だった。死ぬしか無いと思いながらも、死ぬ勇気も無かった私は、自殺的に生きる事しか出来なかった。情けない話だ。
そんな時に出会ったのが妻だった。酒に溺れる私を見かねたタイウォの友人が紹介してくれたんだ。まったく本当にいい友人だったよ。彼もまだ生きているなら、また会って話がしたい。
彼女や友人たちの手助けで何とか人並みの生活に戻れた私は、これからの人生を贖罪の為に使おうと決めた。これまでの意味のなかった人生を少しでも意味のあるものにしたかったんだ。
忙しい日々だった。あちこちを走り回って働いた。忙しくて目が回りそうだったが、意味のある時間だった。妻と結婚したのもこの頃だ。幸せな日々だった。
結婚とほぼ同時に私は、一つの大きな仕事に取り掛かる事にした。妻と一緒に、妻の故郷、アズマワディカに帰る事にしたのだ。その話をした時の妻の喜び様と言ったら。
それから私たちはタイウォからアズマワディカまで、途中の国々を観光しながらゆっくり旅をした。ああ、それはもう、夢のような日々だった。
しかし、アズマワディカが近付くにつれて、私はだんだん緊張して憂鬱になった。君も分かるだろう?分からない?そうか、君は若いものな。そういうものなのかもしれないね。
アズマワディカに着いた私たちを出迎えたのは、妻が話してくれた自然と調和し、風や花々と鳥たちが歌うような、御伽噺の国ではなかった。荒れ果て、何もかもが失われ、荒廃した国だった。特に彼女の故郷は酷かった。新型爆弾の爆心地さ。何も残っていなかった。彼女の家族も、友人も、幼い頃に遊んだ川も、友人達と寝転がった野原も、彼女の優れた感性を養った山々も。全て戦争が連れ去ってしまった。
彼女の受けたショックは計り知れない。結局彼女は立ち直れずに死んでしまった。自殺だった。今でも本当は、彼女のことを思い出すと辛い。苦しみが湧きあがって胸を締め付ける。
だから私はここで彼女の想いと一緒に生きる事にしたのだ。美しかった彼女の故郷を取り戻す。それが私の使命で、最後までやり遂げなければならない事なのだ。
#3 エピローグ(蛇足、あるいは語り得ない歴史の話)
ルーデンス氏の記事の反響はそれなりに良いものだった。駆け出しの記者である私は、自分の細やかな成功を細やかに祝い、ルーデンス氏に感謝と共に、私の考えを伝える為に会いに行くことを決めた。
アズマワディカの爆心地。やはりそこにルーデンス氏はいた。畑を耕していた彼は、私が声をかけると、嬉しそうに私の肩を叩き、彼の畑でとれた野菜たちでもてなしてくれた。
何度目かの感謝の言葉の後に、私は切り出した。
「ルーデンスさん」
「何かね」
「少しおかしな話があるんです。もしかしたら気を悪くされるかもしれませんが、聞いてくださるとありがたいのです」
彼はにこやかに続きを促した。
「構わないよ」
「ありがとうございます。話を始める前に確認をいくつかさせて下さい。あなたはラティカ人ですね?」
「いかにもそうだ」
「ラティカでは何のお仕事を?」
「なぜそんな事を?」
彼は怪訝な顔をした。
「話したくありませんか?」
「そうだな。あまり面白くない話だ」
「では、私の方から話しますね。あなたのラティカでの職業はエンジニアです。それも普通のエンジニアではありませんね?」
「調べたのか?」
「はい。あなたのお話には少々引っかかる所があったので、失礼ではありますが調べさせていただきました。この事は記事にはしていません。ご安心ください。さて、あなたのラティカでの仕事ですが、あなたのお仕事は兵器開発でした。そうですね?」
「その話はしたくない」
「新型爆弾を開発したのはあなたのチームですね」
「やめろ」
「あなたがアズマワディカに近付くにつれ緊張していたのは、自分の爆弾が何を引き起こしたのか、奥様に見せるのが恐ろしかったからですね?」
「やめてくれ」
ルーデンス氏はうなだれた。1人で大地を相手に闘ってきた老人が、この時ばかりは小さく見えた。
「あなたは奥様の死の原因が自分にあるとおもっているのですね。その罪滅ぼしのためにアズマワディカに留まり続けているのですね」
ルーデンス氏は何も言わなくなってしまった。
私は続けた。
「奥様はあなたの事を愛していたのだと思います。きっとあなたは、自分の罪を奥様に全て白状したのでしょう。立派な事だと思います。奥様はあなたを心の底から愛していました。けれども許す事も出来なかった。その葛藤が、奥様を死に至らしめたのだと、私は想像します。あなたは許されたいのではないですか?」
「…そうかもしれない」
ルーデンス氏はうつむいたまま、ポツポツと語り始めた。
「今となってはもう分からない。彼女が私をどう思っていたのか。なぜ死を選んだのか。私はなぜこんな事をしているのか。答えを知る者も既にいないから誰にも分からない。君の言う通り、私は過去に無邪気に大量殺戮兵器を生み出してしまった。それがどういう意味なのか分かっていなかった。あの時の私が心底憎い。あの日から60年以上が経った。私は未だに私に怒りと失望を感じている。だが…だがね」
ルーデンス氏は顔を上げて、涙のたまった目で私を見た。
「あの時は戦争だった。殺さなければ殺されるのは私たちだった。だから殺した。あの時はそうする他なかったんだ。他に方法なんてなかった。誰が私を責められる?」
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