はいしん

「近頃のガキは配信配信配信って、なんだよ。自分が有名人にでもなったつもりかよ」
「上郡さん。今から会う方の前ではそういうの慎んでくださいね」
「どうせ、配信狂いの馬鹿な中高生だろうよ」
  粗暴な上郡に、部下の有年はいつも以上にハラハラしていた。今回の依頼主はそのちょうど中高生で、大手配信主であることを事務所を出る際、かなり言って聞かせたはずなのだが、上郡の青春コンプレックスに障ったみたいだ。どこがはこの場合あまり問題ではないと思われる。
「そこそこ、そういうとこですよ」
 有年はそろそろ依頼主の居宅に近づいていることに冷や汗をかきながら、必死になだめていた。


「おいお前、フォロワー何人だ」
 なだめるのを必死で居宅の前にいることを失念。そしてまず挨拶をせずにフォロワーの人数を聞いてくる偏屈さに愕然。同時にこれから起きるであろうやり取りに呆然とした心持で上郡を見た。
「おい小娘、なんだ。フォロワーってのは」
「トイッターのフォロワーに決まっているだろう」
 依頼主は真っ黒フード付きパーカーを羽織り、目は上目遣いといえば聞こえはいいが、上郡を睨みつけている。背はけして大きくはなく、年齢も声を聞く限り10代から20代というところだが、敵意を隠していないせいかかなり威圧感を覚える。
 ただ、そんな威圧感を全く気にしないのが上司上郡だ。
「トイッター? あぁ、あの厨二病のクソ中高生がやっているアレか」
「厨二病? はっ、あんな机上の空論でしか物事を語れない奴らと一緒にされては困るな」
「ガキも自分で金動かせねぇから、大して変わらないだろ」
「金があれば偉いのか? あとボクは中高生ではないが、仲間を侮辱されたので謝罪を要求する」
「金があれば偉いぜ。金があればそこのクソ後輩に缶コーヒーじゃなくて、ハーゲンダッツのラムレーズンを山ほど買ってやって、『先輩! 僕、ハーゲンダッツなんて初めて食べました♡』。これで株は上がるし、上司からは認めてもらえるし、万々歳だな」
「おい、いいのか。そこのクソ後輩、上司にあんなに馬鹿にされて、良かったらうちの冷凍庫からハーゲンダッツ取ってきてやろうか」
「いらねぇよ」
「ほら、チビ。お前のはいらねって、やはり上司の財布から」
「いらないって言っているだろ。クソ上司。その方は今日の依頼主様だ」

 上郡は何も持たぬ者には強いが権威や金を持っている人にはとても弱い。あまりにも恥ずかしくてその後のやり取りは省略するが、まさか依頼主の靴を舐めようとするとは思わなかった。

「それで今回の依頼は?」
「簡単なことだ。家の電球を付け替えてもらおう」
「それだけ?」
「それだけとは何だね有年くん。依頼主様がやれとおっしゃるんだ。早くやれ」
「おめぇもやんだよ。早く台持ってこい」
 上郡がそそくさと居宅の奥に消えて行き、それを追いかけて行った依頼主。
「この仕事辞めようかな」


「助かった。女一人住まいに電球の交換は非常に大変でな。今日は本当にありがとう」
「一人住まいだと不便でしょう。僕とお付き合いしませんか?」
「するかカス」
 上郡は依頼者にこういう告白をして、最後には嫌われて終わる。

「有年、今回は何が悪かったんだ」
「何でも悪いだろ。ハーゲンダッツおごれよ」
 上郡は帰りに毎度後輩にため口を使われても明日には忘れる。
 クソで馬鹿なのはこいつだ。