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【解説②】改正「給特法」によって働き方改革は進むのか?~給特法について~

◯前回の記事はコチラ↓↓↓

◯今回の記事では、そもそも「給特法」とは「どのような法律」なのかに焦点を当てます。

◯また、その中で、望まない部活動顧問業務をはじめとした全ての搾取的労働を拒否するための論法をお示ししていきます。「給特法」についての基礎知識を押さえながら、理論武装をしていってください。

「給特法」はもともと6つの条文で構成された法律でした。しかし、今般の法改正(令和元年12月4日成立)によって7条が新設されました。

◯その7条については「給特法の改正によって何が変わったのか」を解説する際に説明しますので、ここでは改正前の6条を取り扱っていきたいと思います。

①「給特法」に関する基礎知識(1)
 第1条 「給特法」の立法趣旨

第1条 
この法律は、公立の義務教育諸学校等の教育職員の職務と勤務態様の特殊性に基づき、その給与その他の勤務条件について特例を定めるものとする。

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【解説】「給特法」第1条 ~給特法の立法趣旨~
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◯第1条では、教員の職務は「特殊」なものであるため、給与勤務条件について、他の公務員とは異なる「特例」を設けるという立法趣旨が述べられています。

◯教員の職務の「特殊性」について、文部科学省の以下の資料にある言葉を借りると、「子供の『人格の完成』を目指す教育を職務とする教師は、極めて複雑、困難、高度な問題を取扱い、専門的な知識、技能を必要とされるなどの職務の特殊性を有している」ということになります。

◯教科指導に留まらず、学級経営、給食指導、清掃指導、安全指導、進路指導、部活動指導、各種の学校行事、服装頭髪などをはじめとする生活指導、保護者対応などなど、言われてみれば「特殊」な仕事です。

◯朝起きてから夕方(あるいは夜)まで、多種多様な家庭環境、異なる価値観、学力を有した40人近くの子供達を一つの教室の中で管理し、規律ある集団生活を送らせるわけです。

◯勉強を教えながら、一緒にご飯を食べ、運動もさせる。学力階層ごとにクラスを分けて、単に問題の解き方のみを教える学習塾とは違います。お腹いっぱいで眠たくなっている子供、体育から戻ってきて疲れている子供など、学習塾にはいないでしょう。その意味で、「極めて複雑、困難、高度な問題を取扱い、専門的な知識、技能を必要とされる」仕事であるといえます。
*塾には塾の良さがあることは承知ですので、塾関係者の方が気分を害されてしまったらお許しください。学校教育の特殊性の説明上こういう書き方になってしまいました。

②「給特法」に関する基礎知識(2)
 第2条 「給特法」の適用範囲

第2条 
1 この法律において、「義務教育諸学校等」とは、学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)に規定する公立の小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校又は幼稚園をいう。
2 この法律において、「教育職員」とは、義務教育諸学校等の校長(園長を含む。次条第一項において同じ。)、副校長(副園長を含む。同項において同じ。)、教頭、主幹教諭、指導教諭、教諭、養護教諭、栄養教諭、助教諭、養護助教諭、講師(常時勤務の者及び地方公務員法(昭和二十五年法律第二百六十一号)第二十八条の五第一項に規定する短時間勤務の職を占める者に限る。)、実習助手及び寄宿舎指導員をいう。
(教育職員の教職調整額の支給等)

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【解説】「給特法」第2条 ~「給特法」が適用される範囲~
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◯第2条には「給特法」を適用する範囲が示されているだけですので、特に説明は不要かと思います。

③「給特法」に関する基礎知識(3)
 第3条 教職調整額

公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法3条(教育職員の教職調整額の支給等)
1 教育職員(校長、副校長、教頭を除く。以下この条において同じ。)には、その者の給料月額の100分の4に相当する額を基準として、条例で定めるところにより、教職調整額を支給しなければならない。
2 教育職員については、時間外勤務手当及び休日勤務手当は、支給しない。

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【解説】「給特法」第3条 ~教職調整額~
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◯第1条で述べられた教員の給与勤務条件に関する「特例」について、この第3条で具体的に述べられます。

◯第3条1項で、全教員に対して一律に、基本給の4%を基準とした額を各都道府県ごとの条例によって定め、「教職調整額」という名目で給与に上乗せしなさいということが述べられています。

*給与明細に「教職調整額」が記載されているので確認してください。

◯第2項では、基本給の4%に相当する「教職調整額」を支給するかわりに、教員には時間外勤務手当、すなわち「残業手当」を支給しないということが定められています。

◯なぜ4%なのかという根拠については、以下の記事で詳述させていただきましたので後ほどご一読ください。

◯なお、ここで注意しておきたいことがあります。「教職調整額」のことを一般企業と同じ「見込み残業手当」と勘違いしている教員がいますが、それは自らを搾取される側に追い込む危険な誤解ですので、絶対にやめてください。

◯自分たちにはあらかじめ残業手当が支払われている、という誤った感覚をもつと、「教員には《教職調整額》という形で《見込み残業手当》が支払われているのだから、部活動の顧問による《残業》を断ることはできないよ」と校長に言われたときに「そうなのか」と簡単に騙されてしまい、望まない顧問ばかりかあらゆる時間外業務を強要されてしまいます。

法的な解釈というのは「厳密に」行わなければなりません。無知は身を滅ぼします。

◯校長から「教員には残業手当が支払われている」という論法を使われたときには、「教職調整額は《残業手当》ではないということを知っていて言っているのですか?もし知っていて言っていれば大問題だと思うのですが」と言いましょう。

◯なぜそう言い返せるのか、詳しく説明します。

◯給特法によって残業手当を支給しないということは、理論上、教員には残業が「存在しない」ということになるからです。労働基準法は公務員にも適用されますから、残業が「存在」したら当然、労働基準法に従って残業手当を支払わなければならないわけです。

◯だから教員以外の一般公務員には残業手当が支払われます。なぜなら、残業が「存在する」からです。

◯しかし、すでに見たように、教員には時間外勤務手当(残業手当)を支給しないと明確に法的に規定されている以上は、理屈の上では残業が存在してしまってはいけないのです。

◯その意味で「教職調整額」というのは一般企業でいうところの「見込み残業手当」とは厳密には(いえ、全く)性質が異なるものなのです。だって、教員には「残業は存在しない」わけですから。

◯いや、そうは言っても、実際には残業があるではないか。だからこそ教員の長時間労働が問題になっているのではないか。そういうご指摘はごもっともです。以下にご説明します。

④「給特法」に関する基礎知識(4)
 教職調整額の補足説明

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【解説】「給特法」第3条関連 ~教職調整額の補足説明~
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◯「教職調整額」が見込み残業手当ではないと言うのならば、では「教職調整額」とは何なのか。なぜ基本給の4%を基準とした額を上乗せして支給するのか、疑問に思って当然です。「教職調整額」の趣旨については、文部科学省のサイトに説明されていますので要点をまとめておきます。

昭和23年に、教員に対してはその業務の特殊性から超過勤務手当(残業手当)は支給しないことを決めました。それに伴って当時の文部省は、学校長は教員に対して超過勤務(残業)を命じてはいけない指導してきました(この段階ではまだ文部省による指導レベル)。

◯それにもかかわらず、実態においては教員は時間外労働を強いられてきました。その結果、反発した教員らによって超過勤務手当(残業手当)の支給を求める「超勤訴訟」が全国規模で展開されるようになりました。

・昭和43年前後の超勤訴訟の例(提訴日)
北海道 昭和43年7月30日 鳥取県 昭和43年6月20日
群馬県 昭和42年9月25日 島根県 昭和43年2月23日
千葉県 昭和45年9月24日 高知県 昭和43年3月31日
新潟県 昭和43年3月15日 福岡県 昭和43年5月9日
長野県 昭和41年7月18日 宮崎県 昭和43年3月28日
静岡県 昭和41年1月8日 鹿児島県 昭和43年4月11日
三重県 昭和43年4月16日 京都市 昭和43年12月25日
京都府 昭和43年12月25日 北九州市 昭和43年5月14日

◯これらの訴訟の判決で、教員に対しても、超過勤務(残業)に対する超過勤務手当(残業手当)を支給すべきという主張は正当な主張だと認められます。つまり国側が敗訴し続けたのです。

◯そこで困った国側は、教職調整額制度というものを作って、給与月額の4%の教職調整額を支給することで時間外勤務手当は支給しないということを法制化したわけです。

◯この「教職調整額」の趣旨は、次のように述べられています。ここは大変重要な文部科学省の見解ですので、しっかりと熟読してください。

実際の教育の実施に当たっては、専門的な職業としての教師一人一人の自発性、創造性が大いに期待されるところ。すなわち、教育に関する専門的な知識や技術を有する教師については、すべての業務にわたって専ら管理職からの命令に従って勤務するのではなく、むしろ勤務命令が抑制的な中で、日々変化する子供に向き合っている教師自身の自発性、創造性によって教育の現場が運営されることが望ましい。

放課後や特に夏休み等の長期休業期間においては、この時間をどのように有効に活用するのかについて、通常の指揮命令の下で勤務する一般の行政職とは異なり、教師の自発性、創造性に待つところが大きい。そのため、放課後においては、校長等による承認の下に学校外での勤務(図書館での教材研究など)ができるよう運用上配慮することが適当。また、夏休み等においては研修(承認研修)のために活用することが適当であるとされ、場所は自宅で行うことも想定。またこうした中で、学校外での勤務については、管理職が教師の勤務の実態を直接把握することが困難な部分がある。

◯教師の仕事というのは、教師の自発性、創造性に依拠する部分が大きいというのはまさにその通りです。たとえば、どれだけ教材研究や授業準備に時間をかけるか、あるいはかかるかというのは、その教師自身の創意工夫にかける熱意や能力などによってかなりの個人差が出るものです。教室掲示などにしても同じです。

◯下記の社労士事務所のサイトにもあるように、「残業は本来、会社の命令に基づいて行うもの」です。ところが、従業員の自主性に任せて自由な残業というものを認めてしまうと、「残業をすればするだけ手当がもらえる」ということになってしまいます。

◯教師の仕事に当てはめるならば、教材研究のために残業して時間をかければかけるほどお金がもらえるということになり、それでは職務の公平性が担保できません。それに、だらだらコーヒーでも飲みながら、おしゃべりでもしながら残っている教師も身近にいるでしょう。ですから、それが本当に必要な残業だったのかを判断することは困難な部分があります。

◯文部省(当時)としては、
*「放課後に教材研究のために図書館に行って資料に当たることを校長に認めてもらって学校外で勤務する場合」
*「(今はできなくなりましたが)夏休みに自宅研修という形で、自宅での勤務を行う場合」
などが教師にはあり、こうした学校外での勤務実態を管理職が把握・管理するのは難しいということを述べ、その上で、

このため、教師は通常の(超過)勤務命令に基づく勤務や時間管理にはなじまないものであり、教師の勤務は、勤務時間の内外を問わず包括的に評価すべきであって、また、一般の行政事務に従事する職員等と同様な(超過)勤務命令を前提とした勤務時間管理を行うことは適当でない。

と述べています。

◯つまり、教師の仕事というのは、教師の自発性、創造性に依拠する部分が大きいし、学校外での勤務も想定されるので、超過勤務命令(残業命令)によって支払われる残業制度を、そのまま教師に適用するのは難しいけれど、だからといって何もつけないというのはあんまりなので、教師の皆さんが自身の自発性、創造性によって超過して勤務されることも想定して、「教職調整額」という名目で、少しばかりですがイロをつけさせてもらいますね、と言っているのです。

◯もうお分かりでしょう。「教職調整額」というのは教師の《自発性》《創造性》によって超過勤務することや学校外での勤務を想定した、一般社会の感覚では捉えづらい特殊な調整額なのです。

◯一般企業の「見込み残業手当」というのは、勤務時間を超えて仕事を与える(=命令する)こともあるから、それを想定して手当をつけているわけです。

◯しかし、校長には以下に示すように、職員に対して時間外勤務を命令する権利はないということが定められています。時間外勤務を命令する権利はない以上、「教職調整額」というのは「見込み残業手当」と同質のものでありません。あくまで教師の自発性、創造性に対して支払われる調整額なのです。

◯なお、最後に補足しておくと、東京都教育委員会では2005年以降、
 ★都教委の定める研修を受講する者は、給料月額の2%
 (研修受講期間中は学校現場を離れて研修に専念していることが理由)
 ★研修を受講してもなお指導不適切と認定された者は、給料月額の1%
 (「免職その他の必要な措置」が必要な者であることが理由)
の額しか支給しないことを決めています。https://makomako108.net/2019/03/11/tokyo4/

◯これは、第3条1項に「条例で定めるところにより」と書かれているように、4%というのはあくまで「基準」であって、最終的には各都道府県で定めた「義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置に関する条例」によって決定されるためです。

◯「教職調整額」の趣旨からして、教職公務員としての立場を有している限りは一律に支払われなければならないはずです。これを指導力の差によって比率を変えることができるのは、「給特法」が各都道府県の「条例」に委ねらているからなのです。このあとにも似たような話をしますが、「政令」「条例」に委ねるというのは、一見「弾力性」を持たせるように見えて、恣意的な運用を可能にする危険性も孕んでいるのです。

⑤「給特法」に関する基礎知識(5) 
公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令 1項

公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令
1 教育職員については、正規の勤務時間の割振りを適正に行い、原則として時間外勤務を命じないものとする。

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【解説】「給特法」に付随する「政令」~残業命令の禁止~
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◯第3条は、給与月額の4%の教職調整額を支給することで時間外勤務手当は支給しないということを法律化した条文でした。もう一度その流れを復習しておきます。

昭和23年に、学校長は教員に対して超過勤務(残業)を命じてはいけないと文部省から指導がありましたが、しかし、現実には残業(時間外勤務)が「存在」していました。それにも関わらず、残業手当が支払われないことになっている。これでは、

◯残業したら残業手当を支払わなければならないと労働基準法で定められている→教員にも残業が存在するでも残業手当を支給しない

◯ということになってしまい、このままでは法治国家ではなく、違法国家です。そして実際に行われた「超勤訴訟」で国側は敗訴を続けたわけです。そこで、この問題を解決するには、

残業したら残業手当を支払わなければならないと労働基準法で定められている→しかし教員には残業が存在しないだから残業手当を支給しない

という形にするしかありません。この理屈でないと法的な整合性が取れません。「残業が存在しない」のであれば残業手当を支払わない理屈が通ります。だから残業が存在してしまってはいけないのです。

◯それには、教員に残業をさせてはいけないと法的に定める以外に方法はありません。原理的に言って、残業は「存在しない」と言うための論理は、

◯残業したら残業手当を支払わなければならないと労働基準法で定められている→しかし教員には残業をさせてはいけないと法律で決められている→よって誰も教員に残業を命じる権利を有していない→だから残業は存在しないので残業手当を支給しない

という形しか不可能です。

◯そう、「教員には残業が存在しないので残業手当を支払わない」と言うためには、残業を命じる権利を法的に禁止する以外にないのです。

◯教員には時間外勤務を命令することはできないと明確に規定してしまえば、「校長に時間外勤務を命令する権利はないのだから、その時間外勤務はあくまで教員が自発的に行っているものである」と言うことができるからです。

◯だから教員には残業を「存在しない」と言えるための法的根拠を作らなければなりません。

◯それが、上掲した「公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令」というものです。これによって、教員には残業が「存在しない」ということを法的に裏付ける作業が完了したことになります。

◯なお、現在、埼玉県教育委員会に対し長時間労働の是正を訴えるため「超勤訴訟」を起こしている小学校教員がいます。田中まさお先生です。

田中まさお先生の主張はこう要約できます。

「直接的・具体的な残業命令がなくとも、業務性が認められる仕事に対して職員が時間外勤務をしている状況を校長が黙認している以上、それは校長の指揮命令下のもとに時間外勤務に従事していることになる。勤務時間内に終わらない仕事を命じることは、時間外勤務を命じているのと同じであり、その時間は当然《労働時間》と見なされ、残業手当が支払われるべきである。」

◯これは、至極もっともな主張であり、田中まさお先生の訴えが認められることを祈りながら、私たちはこの裁判を注視していくべきです。

◯一方の埼玉県教育委員会側の主張はこうです。「教員が正規の勤務時間外に勤務していることを認識していることをもって、校長が教員に時間外勤務を命じていることにはならない。そもそも校長は時間外勤務命令を行う事はできないと法的に定められており、命令に基づく時間外勤務は発生し得ない。時間外勤務も存在するが、教職調整額を支給しているから問題ない」

◯つまり、校長による命令があれば残業が成立するけれども、そもそも校長は教員に対して時間外勤務を命令することはできないと法的に規定されているのだから、校長から時間外勤務命令を行ったことはない。だから、「その時間外勤務はあくまで教員が自発的に行っているもの」ということになる。そしてその自発的な超過勤務分に対しては「教職調整額」を支給しているから法的に問題ない、という理屈で反論答弁をしているのです。

◯かつて全国の教員から起こされた「超勤訴訟」での敗訴を教訓に、裁判に勝つことを目的に立法された「給特法」。「給特法」成立以後も時間外労働に対する不払い賃金を請求する訴訟を起こした教員はいました。しかし、「教員に対して時間外勤務を命じる権利が校長にない以上、超勤命令は存在しない。それらは教員による自主的・自発的な業務である」という「給特法」の論理の前に、教員側が勝訴することはなくなりました。給特法は、見事に国の思惑通りに機能しているといえます。

◯だから、普通の校長は、時間外勤務を伴う部活動顧問を業務命令という形で強要しません。あくまでも教員が自発性、創造性を発揮して行っているものという形にしたいのです。だから「お願い」という形をとるのです。

◯そこで、もしも望まない部活動顧問を「お願い」の形で強要されたら、こう言いましょう。「それは、その部活動指導が勤務時間外にまたぐことを校長先生が認識された上で、勤務時間外の指導まで含めてのお願いですか?」と。「そうだ」と言われたら、「それは、実質的な《残業命令》ですよね。校長には勤務時間外の業務を命令する権利は与えられていないはずですが」と返し、こちらが無知ではないことを示しましょう。すると、おそらく「いや、命令ではない。あくまでお願いだ」と来るでしょう。「それでは、そのお願いは聞き入れられませんのでお断りします」と、向こうが折れるまで何度でもこのやり取りを繰り返しましょう。

◯すると、おそらく「教職調整額」を引き出してくるでしょう。

「しかし、教員には《教職調整額》という形で残業手当が支給されているから部活動の顧問を断ることはできないのだよ」と言われたら、「何を勘違いされているのですか?《教職調整額》はいわゆる《残業命令》によって支払われる残業手当のことではなく、教師の《自発性》《創造性》によって勤務時間を超過して教材研究などを行うことがあるから、それに対する調整手当として設けられている制度ですよね。あるいは《学校外での勤務実態》を管理職が把握するのは困難だからということで設けられた制度ですよね。部活動顧問を私が自発的に行いたいと要望したならともかく、そうでなければ教職調整額の趣旨からして、それを根拠にするのはおかしいですよね。残業というのは直接的・間接的問わず《命令》というものが存在しなければ成り立たないというのは常識的な法的解釈です。教員は残業命令を受けないことが定められている以上、教職調整額は残業手当ではありません。自発的な仕事に対する手当という、教職特有の特殊な手当なんですよ。本当はご存知ですよね? にもかかわらず、教職調整額がついているから時間外の部活動指導も断れないというのは実質的な《残業命令》ですよ。教職調整額を盾にした《残業命令》校長としての立場からのあなたの発言が法的に意味していることをよく考えるべきですよ。校長先生の見解が正しいのかどうか、教育委員会に確認してみますが、よろしいですよね。」

◯これらの論駁によってもなお食い下がってきた場合には、次の論法を使うことでさらなる追い打ちをかけて打ち破ることができます。

◯まず「労務管理責任者、任命責任者としての説明責任」という論法です。

「わかりました。では、仮に私がその部活動の顧問を引き受けたとします。しかし、私は定時で退勤させていただきますので、その後の解散までの指導については校長先生でお願いします。もちろん土日祝日等については大会引率も含めて一切の顧問業務を拒否します。あと、まさか顧問の名簿に名前を掲載して発表するだけで労務管理責任者、任命責任者としての責任を果たしたなんてお考えではないですよね。労務管理責任者、任命責任者としての説明責任が校長先生にはありますので、これらの事情について、保護者および生徒に対して(別の顧問もいる場合にはその顧問に対しても)説明責任をきちんと果たしてくださいね。説明がないことによって私が個人の責任において不利益を被るのはおかしな話ですから。もしも、私の口から言えという無責任なことをおっしゃるのであれば、《給特法》その他の一連の資料を保護者に配布した上で、校長先生の無責任な人事配置によって大変苦慮しているという事実をきちんと説明させていただきますが、よろしいですね。法的根拠を説明することは信用失墜行為には当たりませんので、悪しからず」

◯次に「教職調整額は《全教員一律》に支給されているもの」という論法です。

教職調整額を盾に顧問業務を強要することができないのはさることながら、教職調整額は《全教員一律》に支給されている手当です。そうであれば、全ての教員が一律に部活動顧問を受け持たなくてはおかしいですよね。育児、介護、病気、その他いかなる理由があっても、校長先生の説明によると教職調整額をもらっている以上は顧問を断れないということになりますよね。もちろん全教員に一律に部活動顧問を受け持たせ、活動時間終了まで勤務させるおつもりなのですよね?」

◯最後に、このあと説明する給特法第6条にあるように、「教員に時間外勤務をさせる場合は、教員の健康と福祉を害することとならないように十分に配慮すること」という法令上の規定があるので、「育児」「介護」「病気」などを理由に使えるならそれを前面に押し出しましょう。

◯ここまでやれば必ず勝つことができます。しかし、部活動顧問を断る上で最もいけないのが「妥協」です。ここまで言えば、校長は「せめて副顧問としてお願いができないか」と言ってくるはずです。とにかく顧問として名前を突っ込むことだけが目的ですから。突っ込むことに成功したらあとは無責任に放任します。教員がお願いを聞き入れてくれて自主的・自発的に行っている業務ということになります。

◯だから、絶対に妥協は許されません。主顧問であろうが副顧問であろうが、生徒・保護者からすると同じ部活動顧問です。こちらの事情など知りようがないので、結局、望まない負担を強いられることは避けることができなくなります。また、もう一人の顧問がいる場合には、自分だけ活動に参加しないとなると、当然その顧問との軋轢が生じます。

◯相手は「給特法」によって守られているのですから、こちらもその「給特法」を逆手にとって自らの生活を守ってください。

⑥「給特法」に関する基礎知識(6)
 第6条 勤務時間外労働を命令できる場合

公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法6条
(教育職員の正規の勤務時間を超える勤務等)
1 教育職員(管理職手当を受ける者を除く。以下この条において同じ。)を正規の勤務時間(一般職の職員の勤務時間、休暇等に関する法律第5条から第8条まで、第11条及び代12条の規定に相当する条例の規定による勤務時間をいう。第3項において同じ。)を超えて勤務させる場合は、政令で定める基準に従い条例で定める場合に限るものとする。
2 前項の政令を定める場合においては、教育職員の健康と福祉を害することとならないよう勤務の実情について十分な配慮がされなければならない。

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【解説】「給特法」第6条 ~超勤命令が可能な場合~
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◯これは「給特法」第6条ですが、その1項に「教員に時間外勤務をさせる場合は《政令》で基準を決め、その《政令》に従って、各自治体で《条例》を定めなさい」ということが書かれているわけです。

◯そして2項には、先ほど述べたように「教員に時間外勤務をさせる場合は、健康と福祉を害することとならないように十分な配慮をしましょう」と注意書きのような文言が添えられています。

◯実はその前の第5条で「教員には労働基準法第33条3項を適用し、公務のために臨時に必要な場合は時間外・休日労働を命じることができる」という内容の規定が設けられています。
*第5条は、「地方公務員法第58条第3項」の「読み替え」という複雑な手続きが取られている難解な条文なので詳細は割愛しました。

◯ところで、「あれ?」と疑問に思いませんか?

◯「給特法」第3条教員には残業手当を支払わないと書いてあるのに、そして前述の政令にも「原則として時間外勤務を命じないものとする」と書いてあるのに、「時間外勤務を命じることができる場合もある」ってどういうこと? 時間外勤務ってつまり残業でしょ? 残業させても残業手当を支払わないってこと? めちゃくちゃやん!って思いませんか? もし怒りが湧いてきた人は、ここはひとまず落ち着いて考えていきましょう。「原則として」という書き方は「例外規定」を作るための常套句なのです。

◯たしかに第3条には教員には時間外勤務手当(残業手当)を支払わないと書いていました。時間外勤務手当(残業手当)を支払わないということは、理屈から言って時間外勤務(残業)は存在しないことになります。

◯しかし、そうはいっても現実的に考えてそんなはずはありませんよね。現に教員の長時間労働が社会問題になっているわけですから。

◯本当に「教員に時間外勤務は存在しない」という理屈を例外なく全てに適用したら、学校教育が成り立たなくなります。たとえば「修学旅行は時間外勤務を伴います。時間外勤務手当が支払われない教員には法的に時間外勤務は存在しないはずなので行きません!」と言われたら困りますよね。

◯あるいは、生徒が職場体験に行っているとします。その日の体験が終了し、学校に帰宅報告の連絡が来始めます。まだ全員の帰宅連絡を受け終わっていないけれど定時になりました。そこですかさず「これ以上の生徒対応は時間外勤務になります。時間外勤務手当が支払われない教員には法的に時間外勤務は存在しないはずなので帰ります!お疲れ様でした!」ではやはり困ってしまいます。

◯だから、第5条で「教員には労働基準法第33条3項を適用し、公務のために臨時に必要な場合は時間外・休日労働を命じることができる」と書いているわけです。しかし、これはあくまでも「臨時」の措置として時間外勤務に従事させることを可能とする「例外規定」です。

◯そして、それを受けた第6条で、第5条で述べられている「臨時に必要な場合」の基準は政令で定めるので、各地方自治体はその政令に従って条例を制定し、教員に時間外勤務をさせられるケースを定めてくださいと述べているわけです。

◯そりゃそうですよね。どういう場合が例外として認められるべきか、きちんと法的に定めておかなければ、例えば校長が、

「次の顧問が見つかるまで《臨時の措置》として顧問業務による時間外勤務を命じるから、部活動顧問の業務には給特法の例外規定を適用します。部活動が終了するまで帰ってはいけません。もちろん大会引率もよろしくお願いします。ただし、給特法にあるように残業手当はつきませんが、そこは生徒達のために教員としての責任感をもって職務に当たっていただきたい」

といった具合に、恣意的な運用をすることは十分に考えられますし、そういう流れができてしまうと必ず悪質なパワハラを発生させます。

残業手当をつけないと言っているのに、もし校長個人に時間外勤務を命令する例外的職務権限が与えられていたら、それこそめちゃくちゃな話ですよね。

◯そこで、そういうことが起こらないように、例外的に時間外勤務を命令することができる場合の基準「政令」によって定められています。

◯その政令こそが、⑦「給特法」に関する基礎知識(5)のところで説明した「公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令」です。先ほどの第1項に続く第2項に以下のように基準が示されています

⑦「給特法」に関する基礎知識(7) 
公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令 2項

2 教育職員に対し、時間外勤務を命ずる場合は、次に掲げる業務に従事する場合であって臨時又は緊急のやむをえない必要があるときに限るものとすること。
イ 校外実習その他生徒の実習に関する業務
ロ 修学旅行その他学校の行事に関する業務
ハ 職員会議に関する業務
ニ 非常災害の場合、児童又は生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合その他やむを得ない場合に必要な業務

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【解説】「給特法」に付随する「政令」~例外の適用範囲~
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◯この4項目の業務のみが、「例外規定」として定められた基準です。いわゆる「超勤4項目」と呼ばれるものです。

◯これらの業務が例外的に時間外勤務に従事させることを認められているのは、客観的に理解できます。しかし、逆に言えば、それ以外の業務に関しては時間外勤務を命令することはできないわけです。だから部活動の顧問を命じたとしても時間外の指導までは当然、命令できません

◯しかし、ここで疑問を抱いていただきたいのが、なぜこの内容を給特法の条文の中に組み込まずに「政令扱い」にしたのかということです。

「政令」とは「 内閣が制定する命令」であり、法律の実施に必要な細則を定めるものです。本政令も、給特法の実施に必要な細則をこうして定めているわけです。

◯ところが、ここが肝心なところで、「政令」には「特にその法律の委任がある場合を除いては罰則を設けることができない」という規定があります。つまり、「この法律に違反した場合の罰則規定を行政が決めてください」と、その法律が条文によって委任していなければ、規則違反に対する罰を設けることができないということになります。

◯そして「給特法」には行政に対して罰則規定を設けるように求める委任条文はないため、この「政令」では罰則規定を設けることはできないのです。

◯しかし、罰則規定がないことはその規定を守らなくてもよいということではありません。罰則規定を設けないのは、「政令」の基準に反した不正な運用が行われないであろうという公務員の倫理感への信頼があるからです。立法趣旨に則った適正な運用がなされるであろうという期待が込められているわけです。

◯「罰則規定」がないことに対する否定的な見解もあります。「罰則規定」がないからいつまで経っても労務管理者たる管理職や教育委員会に時間意識が希薄なままで、「定額働かせ放題」のような労働環境が横行し続けるのだと。まったく、私もその通りだと思います。

◯しかし、「罰則規定」に対する賛否はさておき、「罰則規定」があろうとなかろうと、給特法第6条において、教員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合は、政令で定める基準に従わなければならないとある以上は、正規の勤務時間の割振りを適正に行うべき労務管理責任者である校長・教育委員会は、職員がその基準に従った業務以外で時間外勤務をしている場合には「指導」および「適正化」を図る責任があるはずです。しかし、まったく黙認しているのが現状です。

◯さらには、教育委員会が定める「学校管理運営規則」の多くは、校長が教員に部活動指導業務を校務として分掌させることができると規定しています。たとえば、東京都教育委員会を例に挙げると、「校長は、所属職員に部活動の指導業務を校務として分掌させることができる。」と規定しています。

◯しかし、現状の労働環境において部活動の顧問を業務命令するというのは、どう考えても実質的な「超勤4項目」以外の残業命令に当たるわけです。いったん部活動顧問を引き受けてしまったら、現実的に考えて勤務時間が終了したからといって活動を終了するというわけにはいかない、つまり必然的に勤務時間外に及ぶ業務であることは覆い隠しようのない周知の事実です。そうであれば、この規定は「政令違反」に当たる規定といえます。

◯このような主張をしたところで、教育委員会は必ずこう言うでしょう。「校長はあくまで勤務時間内の顧問を命令したに過ぎず、勤務時間外に及ぶ指導は教員の自主的な業務として行っていると認識している」と。

◯ですから、たとえ政令の掲げる基準の業務以外(=超勤4項目ではない業務)での長時間に渡る時間外勤務が常態化していることを暗黙のうちに容認していたとしても(実際にそうですよね)、あるいは実質的に「超勤4項目」以外の残業を余儀なくされるとわかっていながら部活動の顧問を業務命令することを可能にする「学校管理運営規則」を作ったとしても、そして仮にその違法性が認められたとしても、法律からの委任を受けていない政令である以上、罰則を与えることはできないということになります。

◯これでは、残念ながら教員というのは「罰則規定」が設定されなければ、つまり罰がなければ正しくルールを運用できない(うまく抜け道を探そうとする)ということになります。自分たちができないことを生徒に求めてはいけませんね。

《まとめ》

◯給特法とは「どのような法律」なのか、ご理解いただけましたでしょうか。要点をまとめておくと、

①「給特法」は国が教員との裁判で負けないために作られた法律
昭和40年代に全国的に展開された「超勤訴訟」に敗訴を重ねた結果、賃金未払いで訴えられても負けないための法律を作った。

②教員には「時間外勤務手当」は支給しない
*「時間外勤務手当」を支給しないということは「勤務時間外の労働」は「労働」と認められていないことになる。

③教員には時間外勤務を命令することはできない
*「残業」を労働と認めないためには、法的に時間外勤務の命令を禁止するしかない。
*校長に時間外勤務を命令する権利がない以上、「命令に基づいて行うもの」である「残業」は存在しないということになる。

④「時間外勤務手当」を支給しないかわりに給与月額の4%の「教職調整額」を支給する
*ただし、残業が存在しないとするならば「教職調整額」は「見込み残業代」ではない。
*あくまで教師が「自発性」「創造性」を発揮することによって超過勤務することや学校外での勤務を想定した調整額である。
*よって、「教職調整額」を根拠として時間外勤務を伴う部活動顧問を業務として割り振ることは不可能である。
*4%はあくまで基準。必ずしも4%ではなく、各都道府県が条例で定める割合の金額が支給される。

⑤時間外勤務命令は「超勤4項目」に限定
*ただし「政令」であることから「罰則規定」を設けることはできない。
*よって本来「超勤4項目に限定」されるはずの「時間外勤務命令」が、実質的に時間外にまたいで拘束されることが明確な業務にまで黙示的に行われ続けている(望まない部活動顧問の強要が最たる例)。

◯以上のように、現行の「給特法」の前では、遅々として教員の「働き方改革」が進まず、過労死ラインを超える長時間労働が常態化し、社会問題となっています。

◯文部科学省はこれまで「働き方改革」のガイドラインを示し、その推進を各地方自治体の「教育委員会」に促してきたわけですが、教育委員会の動きは鈍く、そこでガイドラインに強制力を持たせるために、「給特法」の改正という法改正に乗り出したわけです。

◯このあたりの詳細な経緯については、次の記事で解説していきます。

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