菊池與志夫氏より(消息十)
いかがです。私の住んでゐる田舎
は、もうすつかり秋のたたずまいで
す。こほろぎが鳴き、六尺ものびた
雜草が秋風にさらさらとゆれ、朝夕
は輕衣秋風を覺江ます。ゆうべ、ひさ
しぶりで佐藤春夫先生を訪ね、岐阜
提灯の點つて衣る二階座敷で、ふた
りきりで三時間以上話をしました。
私は樂しく、精神が玲瓏と澄んでゆ
くのを覺江ました。あなたの新聞の
原稿は近日書いてくださるさうです
「悠然見山」といふ不折氏の書のした
にのびのびとからだをよこたへた春
夫先生のかたちは非常に高貴なる鹿
の感じです。同時に一味の淋しさを
傳へる秋の風致です。 (九月一日)
(越後タイムス 大正十五年九月五日
第七百六十九號 八面より)