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藪目白を飼ふひと(その三)

 舊臘なかばの或る暖い冬日和の

午後である。僕は目白をただ一羽

飼つてゐたが、一羽だけではどう

も淋しさうで氣の毒な氣持がした

ので、わざわざ鳥籠を持つて古い

小鳥屋へ行つてみた。――この目

白は雄か雌か僕にはよく分らない

のだが、ひとつそのどちらかだかみ

分けて欲しいものだ。-と言ふと、

小鳥屋の主人は、いろいろと馴れ

たものごしでみてゐたが、―どう

もこの鳥は、かたちに曖昧なとこ

ろがあるので、はつきりとは分り

ませんが、啼きごゑの容子では雌

ぢやないかと思へるのです。目白

などは、かたちと仕草とをみただ

けで大がい見分けはつくものなの

ですが、この鳥だけは、それが大

へん朦朧としてゐるので―といふ

答へであつた。成程これは面白い

ことだ。飼ひ主がいたつて朦朧と

した人間なのだから、いつのまに

かその飼ひ鳥までも影響をうけて

朦朧としてしまつたわけであらう

―と僕はさう思ひ乍ら、(もう二三

日置いて頂けば分るのですが)と

言つて呉れた主人の言葉をきかう

とはしないで、(僕も多分雌だらう

と思つてゐたのだから、まあ雌だ

として置かうか。それぢやあ。これ

と結婚をさせるのだから、いい雄

を一羽もらひたい)と言ふと、主

人はすぐ一羽のかたちも啼きもい

い雄をみせてくれた。僕は二つの

籠をぶらさげ乍ら、人間の結婚の

媒介をするひとの心持を空想して

一種の昂奮を覺江てゐた。

 その日から僕の目白はいい夫を

得たわけである。と言つてところ

で、もともと僕がひとりぎめで結

婚をさせたのだから、本當に彼女

の氣に入つた結婚だかどうだか僕

には分らない。けれども、この新婚

者の籠を二つ椽側に吊るしてみてゐ

ると、どうも氣のせいか、啼きご

ゑといひ、からだの表情といひ、

大へん嬉しさうにしてゐるところ

をみると、滿更さう嫌でもないら

しいやうに思へる。主人の僕は

ひとり暮らしの憂鬱家で、このあ

ひだ春夫先生によつて讀賣新聞紙

上で紹介された高田豊君と同じく

靑年時代の不愉快なことには、つ

くづくと身も心も持て餘してゐる

ものだが、まあこうやつて自分が

愛育してゐる目白君夫妻の氣嫌が

いいことは、せめてもの心やりで

ある。目白はまだ正式に結婚をさ

せたわけではなく、それ故にひと

つの籠に同棲させたことはまだな

い。いづれ日をきめて、心ばかり

のお祝ひをしてやつてから同棲さ

せやうとは思つてゐるが、目白は

一羽鳴きの鳥で、鳴きごゑを樂し

むのには別々の籠にいれてすこし

離して置く方がいいのだといふこ

とだから、結婚式を擧げたあとで

も、晝は別々の家に住ませて置く

つもりである。夜はひとつの籠に

一緒にしてやらうと思ふのだが、

可哀想なことには、小鳥といふも

のは日が暮れると樂しさうな囀り

もやめて、まるくなつて眠つてし

まふものだから、折角一緒になつ

ても、さう樂しいことはあるまい

が、せめてのことに、からだをこ

すりつけて、なにか小鳥らしい寢

物語でもして呉れれば、それだけ

でもいくぶんか幸福ではあるまい

か。人間にしたところで、いつも

一緒にくつついてばかりゐるのよ

りは、たまにはちょいちょい離れ

てみるのも、またひとつのあたら

しい愛情を覺江て、いいといふ話

だから、まあ目白君にもひとつそ

の轍を踏ませてみるつもりである

よく引き合ひに出すやうで失敬だ

が、友人の野瀨市郎(この男は小

說家で、さうしてユウモリストで

ある)は、最初僕が飼つてゐた方の

目白をみて、(これは藪目白だよ)

などと、大へん惡口を言つたが、

あとで買つた方は、値段も高いし、

風貌もいいし、彼の冷評をうける

ほどけちなものではない。小鳥屋

から歸つたあとで僕は彼に―あの

目白はどうも雌らしいのだが。―

と言ふと、彼は、―さうだとも、

あれは雌にきまつてゐる。そして

藪目白だよ。―と一言のもとにき

めつけたのである。昔からやつて

ゐる小鳥屋の主人でさへ、はつき

りとは見分けのつかなかつたほど

のものを、いきなり雌だと判斷し

た彼は、おどろくべき小鳥の眼利

でなければならない。いつのまに

そんなことを覺江てしまつたのか

知らないが、どうせ彼のことだか

ら、口からでまかせのいい加減な

ことを言つたのにちがひない。い

や、ひょつとすると、彼は僕の目

白にけちをつけて、僕がいやにな

るのを待つて、籠ぐるみそつくり

僕から貰はうとする下心があるの

ぢやなからうかと思つてみること

もある。なにいくら、彼がけちを

つけたところで、さう、うかうかと

その手には乗らないつもりだ。き

くところによると、彼は以前幾羽

も目白を飼ひ殺したといふ話だし

それに彼のやうに午後二時までも

朝寢をするやうな男には、目白の

やうな上品な鳥をうつかりゆづる

ことはできない。彼が若し鳥を飼

つたら、恐らく日に一羽づつを飢

死させてしまふだらう。

 そんな男に僕の愛鳥をやれるも

のではない。どうあつても鳥が欲

しいといふことなら、まあ、鴉でも

飼つたらよからう。

(越後タイムス 大正十五年一月十七日 
                第七百三十六號 六面より)


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#大正時代 #小鳥


※文中「高田豊」は高田渡の父。
館長のつぶやき―佐藤春夫、断章を拾う13



        ソフィアセンター 柏崎市立図書館 所蔵


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