品川 力 氏宛書簡 その三十
先日はいろいろと失礼いたしました。たびたび、あなたの新らし
い藝術的生活をみて、そのたびに歡ひを深くしました。僕がかへったあと
へ鈴村廣太郎君が行ったさうで、彼の話によると、力君はちっとも吃らないし風貌がいいから、上品で美しいぢやないか。それに仲々に愛嬌がある―彼の言ふところは悉く僕も同感です。鈴村は大へん味覺神經の発達した男で、その彼は、「富士」の食べもののうまさを賞讃してゐるから、よほどうまいのでせう。
春夫さんに会った日の晩、僕は嬉しさと昂奮とのために眠れなかった。約百さんはどうでしたか。あんな感じのいいひととなら、同棲してもいい。野瀨と二人で、あなたの新生活をタイムスに紹介することにきめました。彼の原稿が出來次第、僕もなにかかくつもりです。このあひだ出た旅の消息をみても分るやうに、彼と僕とは素質が大へんちがふから、かへってあなたにとっても興味があるでせう。乞ふ―二人の迷文の現はれる日を待ち給へ。フリヰジアを大切にしてゐます。春をたのしみに。花は春が來なければ咲かないけど、あの気品たかき陽子さんの名詩のなかでは、いつでも美しく匂ってゐます。このあひだいたゞいた花は大へんいいいろで、朝夕僕を美しく
してくれます。みなさまへよろしく。力君―はげみ給へ。
[消印]14.11.11 (大正14年)
[宛先]港区 神谷町 九
品川 力 様
十一月十日夜 菊池 与志夫
(日本近代文学館 蔵)
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