伝説のプロ経営者が送る15のアドバイス
「30年以上のベンチャー投資家としての経験の中で、フランクのオペレーションノウハウに匹敵する人を見たことがありません。フランクにとって、すべては徹底的かつ集中的な実行に終始します。『不快な状況に慣れろ』、『希望は戦略ではない』、『ブランドを作る最良の方法は、より多くの顧客を獲得すること』といった格言は、フランクが私たちに教えてくれた生き方の一部です。彼が、他のCEOたちの旅路を支援する中で、私たち多くを優れた取締役にしてくれたことは間違いありません。」
— ダグ・レオーン、Global Managing Director of Sequoia Capital
今日は、プロ経営者として3社のテック企業を異次元の成長に導いた、フランク・スルートマンの思考法を紹介します。
オランダで生まれ育ち、トイレ清掃員のバイトを経て「こんな職場で終わりたくない」と決心し勉強に精を出した彼は、現地の名門大学に入学後、1年間米国で働く機会を手にします。そこで米国のバイタリティに惹かれた彼は、中西部で事務機器メーカーに入社し、以後、ソフトウェア企業に転職して幹部として経験を積みます。
40歳にしてシリコンバレーでの挑戦を考えた彼は、雇われ経営者の職を探しますが、中西部の中堅企業での経験に興味を示す人はおらず、門前払いの連続でした。そんな中、ついに老舗VCの投資家2人がスルートマンの型破りな経歴と負けず嫌いさに目をつけ、Data DomainというスタートアップのCEOに任命します。スルートマンは、売上ゼロだったこの企業を数千億円の企業価値まで成長させた後、2社目のServiceNowは10兆円の時価総額、3社目のSnowflakeはソフトウェア業界で史上最大のIPOへと導きました。
そんな彼は、「人材、組織、戦略といった構造的な変更なくとも、リーダーシップで企業にインパクトを与えることができる」と言います。今日は、彼の著書「最高を超える」の中から共感した15のアドバイスをします。
基準を引き上げる
① 高い水準を求める:スルートマンは提案や機能を検討する際、自分の考えを述べる前に、提案者がどう思うかを聞きます。ほとんどの場合、「まぁまぁです」「悪くないと思います」といった答えが返ってくるのに対し、彼は表情一つで、それは期待した答えではないことを伝えます。「あなたが夢中になるぐらい良い提案にしてから持ってきてくれ」と。故スティーブ・ジョブズが「とんでもなく素晴らしい」もの以外は却下したのと同様に、基準を上げることで、チームに活力を与えることができます。
② 戦略より先に、実行を優先する:戦略が大事であることは間違いありませんが、実行力がないと、戦略に問題があるのかを判断することができません。そのため、リーダーは実行を最優先事項にすべきだ、とスルートマンは言います。実行は難しく、優れた実行は稀なため、それ自体も大きな競争優位性の源となります。
③ 社員のスキル向上に投資する:経験の浅いメンバーも含め、その分野のプロに育てるには、教育が必要です。また、教育を軸としたスキル向上や昇進の機会を提供することで、最も野心的な社員を惹きつけることができます。例えば、Snowflakeでは、大卒の社員が営業のイロハを学び、ビジネス開発担当者になり、エンタープライズ営業担当として高い報酬を得られるまでのキャリアパスを提供しています。
人材と文化を整合させる
④ 場違いな人を「バスから降ろす」:プロ経営者として企業に参画する時、最初に行わなくてはならないのは、価値ある人材とお荷物になる人の選別だ、とスルートマンは言います。この時、限られた情報で人を選別するのは誰もが躊躇しがちですが、完全な情報はいつまで経っても得られません。どの部門や機能が期待に応えられていないのかを判断し、意思決定しなくてはなりません。多くのリーダーが、苦戦している社員はコーチングを通じて伸ばせる、と信じがちですが、このシナリオは人々が想像するより稀です。また、素早く動くことで、残る社員は、この会社は高い水準に真剣である、という明確なメッセージを受け取ります。私の周りの多くの経営者も、一度この難しい決断を経験すると、「もっと早くやればよかった」と口を揃えていたのが印象的でした。
⑤ 全員が直接コミュニケーションを取り、信頼関係を構築する:社内での伝言ゲームほど、意思決定のスピードと質を下げる要因はありません。社員の誰もが、役割、職位、機能に関係なく、社内の誰とでも、どんな理由であれ、話をすることができるよう、リーダーが促す必要があります。その上で、添付にあるような組織の機能不全の要因を一つずつ取り除いていくことが重要です。
組織行動の専門家パトリック レンシオーニが整理する「5つの機能不全」
解決すべき問題に集中する
⑥ 解決策より診断を重視する:スルートマンは、内容の9割が解決策に終始しているプレゼンに異を唱えると言います。問題の真因を正しく捉えていなければ、解決策が何であっても時間、労力、お金が無駄になるからです。また、問題を深堀ると、他の解決策が見えてくる場合も多々あります。
⑦ 実行は並列ではなく直列に考える:同時にやることを減らし、厳しく優先順位をつけることで、集中力が上がります。優先順位に確信がなくても、このプロセス自体が大事で、これを議論しないと人々の意見が一致しません。常に、何をしないのか?何かをしないことの結末は何か?を考える習慣を組織化することが大事です。
⑧「優先事項」は1つに絞る:「優先事項」が複数ある時、実際にはどれも優先されていない可能性が高いです。ほとんどの人は、「今やっていることで最も大事な3つのことは?」と聞くと答えられますが、「今年1つしかできないとしたら、それは何で、なぜ?」と聞くと答えに困ります。会社が成長し、同時並行の施策が増えるほど、この問いをクリアにし、組織の集中力を保つことが重要になります。同時に、「今やっていないけど本当は即やるべきことを1つ挙げるとしたら?」と問うことで、自社の盲点に気づきやすくなります。
ペースを上げる
⑨ サイクルタイムを縮める:企業のペースは、リーダーが設定します。メンバーに「1週間後に返事します」と言われて疑問を感じたら、「明日か明後日はどう?」と尋ねてみましょう。理不尽な要求であれば撤回すれば良いですが、聞かないと分かりません。また、この質問を習慣化するだけで、社員のマインドセットが変わり、組織がもっと素早く動けるようになります。
⑩ 営業を加速化させる:成果が出せていない営業部隊がいる場合、ヒアリングを通じて何が問題なのかを深く理解することが大事です。問題を理解したら、人員の再配置や、必要なサポートの提供等、すぐに大胆な対策を講じます。営業の業績不振を放置すると、採用がより困難になり、衰退の悪循環が始まってしまうからです。
⑪ 規模を拡大しつつも、倹約に:販売報酬には厳格な財務監視と規律が必要であることは、強調しすぎることが難しいです。トップクラスの営業人材を採用し、維持するために、報酬プランをより寛大にしたくなる誘惑があるかもしれませんが、財務的ミスは致命的な間違いになる可能性があります。拡大期にトップクラスのCFOを招聘することで、財務効率を担保しやすくなります。
戦略を変革する
⑫ 自社の潜在価値を過小評価しない:企業の経営は、ポーカーに似ていて、良いカードを得る運も大事ですが、その配られたカードの可能性を理解することも大事です。歴史を振り返ると、例えば、なぜIBMはMicrosoftになろうとしなかったのか?なぜMarriottはAirbnbを発明しなかったのか?なぜOracleはSnowflakeを発明しなかったのか?等、企業が自社の可能性を見誤ったケースが多々あります。市場の現状だけに囚われず、その数年後の可能性や、市場の再定義の余地などを考えながら、企業の潜在価値を限界まで推し進めるためにはどうしたらよいか?を常日頃問うことが大事です。
⑬ 市場を遥かに先読みして考える:上記の例も当てはまりますが、戦略の転換の必要性が明白になるまで待っていると、手遅れになる可能性が多々あります。現状に安住することは、先々の機会を逃すことになりかねないため、将来変化する市場で自社の立ち位置がどう変わるかを予測し続けることが不可欠です。
⑭ アーキテクチャが全て:これは技術的な話になりますが、ソフトウェア企業の方は痛感されたことがあるのではと思います。優れたアーキテクチャは優れた顧客体験とコスト構造に繋がり、模倣には多大な労力と時間を要するため、大きな競争優位性の源泉となります。スルートマンも、「私がCEOを務めた3社すべての成功は、優れたアーキテクチャに遡ることができる」と言います。
おわりに
⑮ 良いリーダーとは、良い結果を生む人:共感力やカリスマ性がいくらあっても、結果が出なくては、期待に応えられません。逆に、ここに書いてあることを実行して一定数の社員やステークホルダーに嫌われても、長期的には、結果が人気に勝ります。長期間にわたって忍耐強く取り組み、顧客への価値提供と、従業員のための規律ある文化を構築すれば、結果はついてくる。優れた決意、持続性、使命への集中、何が重要で何が重要でないかについての明確さを兼ね備えたリーダーに勝るものはない、とスルートマンは言います。
以上です。駆け足になり、ニュースレターにおさめるために省いた部分も多々あるので、ご興味ある方はぜひ「最高を超える」の原本をご一読ください。