見出し画像

「思い」が「現実」を引き寄せる

最近、とある企業の新人研修の依頼を受けました。「アイピーモバイル時代のことを話してほしい」とのことで、記憶力が悪い私にとっては、大変、難しいお話です。ただ、自分のことを整理してみる意味でも、ちょっと面白いかもと思い、お引き受けしてみることにしました。

そこで、ここでは新人研修で使えそうな話について、ポイントを整理する感覚で、記事化してみようかと思います。

アイピーモバイルというのは、20年近く前、携帯電話の新規参入を目指した会社で、最終的に事業開始には至らず消滅した会社です。

この会社について、まず最初に触れたいのは、「思い」が「現実」を引き寄せるというお話です。

2002年のある日、とある人物に呼び出されました。当時、私は衛星通信をやっている会社に勤めていました。しかし、そこで仕事をしている自分に対して、漠然とした違和感を覚えており、ふらーっと昼休みに、呼び出された場所に足を運んでみました。

とある人物というのは、私がとてもよく知っている人間なので、今さら、取り立てて何を話すというわけでもありません。けれども、会ってみるとよく分からない話を始めました。

蕎麦をすすりながら、突然「携帯電話の新規参入をしようと思ってるんだけど、手伝ってくれない?」と言われたのです。少し話を聞いてみると、今は社長になる人物と二人で携帯電話の新規参入を目指していて、日々、技術の説明や資金調達をするための活動をしているとのことでした。

普通に考えたら、「は?」という話です。

当時の携帯電話事業者といえば、NTTドコモやKDDIグループのau、日本テレコムからボーダフォングループに移ったJ-Phoneといった巨大企業ばかりです。それをたった二人で、「携帯電話の新規参入を目指す」なんて、普通に考えたら、バカバカしいとしか思えません

しかし、彼は本気なのです。

元々、彼とその社長になる人物は、日本で初めてADSL事業を展開しており、文字通り、日本でブロードバンドを始めた人たちでした。

一般のアナログ電話回線(ツイストペアケーブル通信線路)を流用してブロードバンドインターネット接続サービスを提供することができる高速デジタルデータ通信技術若しくは電気通信役務であり、日本では2000年代前半に急速に普及した。

Wikipedia「ADSL」より引用

今でこそ、インターネットの常時接続&高速通信は当たり前です。しかし、当時そんなものはありません。ADSLによるインターネットのブロードバンド化は、非常に画期的だったのです。

そんな彼からすると、もはやADSLに端を発したインターネットのブロードバンド化は、黙っていても進むことは目に見えていました。ソフトバンク(Yahoo!BB)が、この事業に本格的に乗り出してきたことで、既にそこには自分たちの仕事はないと悟っていたのです。

そこで、次に自分たちがやらなければいけないのは、無線通信のブロードバンド化だというのです。つまり、携帯電話の高速データ通信化こそが、自分たちのミッションであるという「思い」が、そこにあるわけです。


もちろん「思い」だけでは、物事は成し遂げられません。これを成し遂げるためには、きちんと「現実」をみていく必要もあります。

ここでポイントだったのが、当時の携帯電話の周波数の割り当てでした。

ワイヤレスブロードバンド実現のための 周波数検討ワーキンググループ事務局
平成22年7月13日 携帯電話用周波数の状況について」より抜粋

当時の携帯電話の周波数割り当てというのは、上り用周波数(電話機→基地局)と下り用周波数(基地局→電話機)のセットになっていました。

当たり前ですが、携帯電話は電話です。電話なので「もしもし?」と「はいはい?」があるわけです。このときのしゃべる用の周波数(上り)と、聞く用の周波数(下り)が別々に割り当てられるというのが、当時の携帯電話の常識でした。これを「FDD」といって、上り用の周波数と下り用の周波数の2つがあって、はじめて携帯電話として機能するというものだったわけです。

FDD(周波数分割)とTDD(時分割)

それに対して、このとき、ひとつの周波数帯を時間で分割して、「もしもし?」「はいはい?」の高速通信を実現する技術が、ひっそりとできあがっていました。これを「FDD(周波数分割)」に対して、「TDD(時分割)」と呼びます。

この技術が確立するまでは、周波数帯がひとつだけあっても、携帯電話会社にとっては、何の意味もありませんでした。「もしもし?」しかできなかったら、通信として成立しないからです。

したがってこの当時、実は既に、携帯電話用に使われていなかったひとつの周波数帯(上り用と下り用に分かれていない周波数帯)があったものの、それに対して、関心を示す大手の携帯電話会社は一社もなかったわけです。

しかし、TDD技術の確立(成熟)によって、ひとつの周波数帯でも「もしもし?」と「はいはい?」が成立するようになりました。そのことによって、この周波数帯を使って、携帯電話市場への新規参入の可能性もみえてきます。

これが、彼が引き寄せた「現実」でした。

結果、私自身も、この蕎麦屋での会話をきっかけに、このプロジェクトに関わっていくことになり、アイピーモバイルでの周波数取得を実現させました。


ここで大事なことは、「現実」は引き寄せるものだということです。

TDD用の周波数」は、元々、転がっていたものです。まったくなかったわけではありません。ただ技術的な制約があったため、大手の携帯電話会社にとって使い道がなく、ただ放置されていたのです。

携帯電話会社にとってだけではありません。世の中には、ごまんと人がいました。しかし、その誰にとっても、そんな(上り用と下り用に分かれていない)ひとつの周波数帯などというものは、何の価値もなかったのです。したがって、そんな大勢人々の目の前に、その周波数帯の存在は、「現実」として現れていなかったといえます。

しかし、「携帯電話の高速データ通信化が必要!」、「モバイルブロードバンドの実現が自分のミッション!」という「思い」がある人間にとって、その「ひとつの周波数帯」は、とてつもない価値があるものとして映ります。その周波数帯の存在が、彼の目の前で現実化するのです。

このことは、周波数帯に限ったものでもないです。技術的条件をクリアするための方策も、資金調達のためのパートナーも、プロジェクトを実現するために必要な人との出会いも・・・何もかもが、その「思い」を通じて眺めていくと、ひとつひとつがチャンスとして映り、すべて目の前の「現実」として、引き寄せることができるということです。

それは、以前記事化しているこちらの話にも通じるものでもあります。

そんな満員電車のなかでの過ごし方のポイントは、身を委ねることです。押し寄せる人波に抗うことはできませんし、揺れる電車の中で、一人だけ踏ん張ったって無意味です。揺られるがまま、揺られるしかありません。
しかしそんななかでも、「あ、あっちのドアの前に行きたいな」と思ったら、意外とそこに辿り着けるんですよね。
「あそこに行く」という意思さえあれば、ちょっとした電車の揺れで、わずかな隙間ができた瞬間に「スッ」と体がそっちの方向に移動できるんです。どんなにギュウギュウの電車でも、それを繰り返していると、必ず目的地
(あっちのドアの前)にたどり着きます
要は、その意思をもつかどうかなのです。

「「あっちのドアに行こう」という意思」より引用

「思い」や意思をもつということは、それによって世界の見え方が変わるということでもあります。現実世界は、すべての人々が共有しているものではあるものの、それぞれの視点、それぞれのフィルターを通して眺めており、そこに映ったものこそが、その人にとっての「現実」として認識されるということが重要です。

現実世界は、悲惨なことばかり?辛いことだらけ?悲しいことで溢れている?

そう思う人は、今一度、自分の「思い」を見つめ直してみてはどうでしょう。

現実世界が、そんなに大変だとしたら、それを解決するためにも、自分はこうしたいという「思い」があって然るべきです。そして、それに気づいたら、その「思い」を通じて眺めてみた現実世界は、意外とチャンスだらけかもしれません。

あくまでも、現実は自分で引き寄せるもの・・・なのではないですかね。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?