月まで
今夜も月が明るい。
金星と向かい合うように、やさしく光っている。
さらにもう一つ、金星より少し小さく見えているのは、土星であるらしい。
遠い惑星の輝きに、紫外線に灼かれブルーライトに晒された目を凝らす。体内に残った日中の暑さが、鎮まっていくように感じて ほっとする。
新暦の七夕の頃もそうだが、中秋の名月の晩もなかなか晴れない。いつも湿気を帯びた雲がたなびいて、月を隠す。もしかしたら今ごろが、月を眺めるのに良い時季なのかも知れない。
マンション暮らしの時には、この衛星は違う見え方をしていたようにも思う。
親元では、射し込む月光をより近く、明るく感じる。住宅地で家の周囲が暗いからだろう。カーテンを細く開けると、絨毯にくっきりと白い矩形が浮かぶ。
昔々読んだ小説に、夜半、枕頭に置かれた白い封筒を見て主人公が驚く、という場面があった。それが月光であることを悟り、さらに彼は悲しみを深めるのだ。月光が描く四角形は、あたりが暗ければなおのことクリアに、角の立った封筒のようにも見えたろう。
ところで悲しみとは何だろう。
手近の小さな辞典には、
悲しい : 取り返しのつかない事どもを思い続けて、絶望的な気持ちになる様子
とある。
転じて、同じ かなしい も、愛しい、と書くと
愛しい : しみじみといとしい感じがする
となる。
月までの距離は、日々変化するけれど、平均して38万km。
地球の直径はおよそ1万2700kmだというから、間に30個ほど地球が入るくらいの遠さ。
存外に近い。
ここに小さなかなしいひとがいますよ。
高く腕を伸ばして、手を振ってみる。
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