キルケゴール
キルケゴールの実存3段階
キルケゴールは、誰から見ても正しい客観的な事実ではなく、自分にとっての主体的真理を追究することが重要であると主張し、実存主義の先駆けとなりました。(実存(私)に対立するものは本質(人間))キルケゴールは、個人が主体性を得るためには、「美学的実存」「倫理的実存」「宗教的実存」の三段階を経る必要があると主張しました。
キルケゴールによれば、「美学的実存」と「倫理的実存」の段階では、それぞれ絶望が生まれるため、人は最終的に「宗教的実存」に至ることになります。
美的実存
「美学的実存」とは、目の前の快楽を追求し、衝動的に行動するという生き方です。例えば、恋人と映画を見たり、好きな本を読んだり、おいしいお酒を飲んだりというように、自分がやりたいことを実行していく生き方です。しかし、美学的実存の段階では、「人はいつか死ぬ」という事実から目を背けているため、無意識のうちに虚無感を感じ、絶望に陥ります。
倫理的実存
「倫理的実存」とは、自分の人生がいつかは終わりを迎えるという現実と向き合い、永遠の真理を追究する生き方です。美学的実存の絶望を乗り越えた人は、自分が死んでも永遠に残り続ける、客観的で普遍的な真理を追い求めるようになります。例えば、好きだった人と結婚することで、婚姻関係という客観的な事実が生まれます。しかし、倫理的実存の段階では、人は自分の選択が必ずしも正解とは限らないことに気づきます。そして、自分の能力の有限性を認識し、絶望に陥ります。
宗教的実存
「宗教的実存」とは、人生における絶望を自覚し、ただひとり、単独者として神と向き合う生き方を言います。キルケゴールによれば、自分の有限性を自覚し、無限の存在である神と向き合うことによって、真の主体性を得ることができます。