夜 に
流す 今はもう涙でも汗でもない乾いた歌を
流す 折れた恋の矢 すすけた革命のはたきを
流す 今日も孤島に生きたひそかなあかしを
流す 引潮にのせて貝たちのつぶやきにのせて
ポケットの中でぼろぼろになった天の地図
魚も小鳥も掬えぬほど朽ちた父の網
ついに盗み切れなかった 天の舌 天の喉笛
私はそうして追われ流され取残されたのだ 島に
流す やはり 鶴のくちばしを ふくろうの眼を
流す ちぎれ雲に染めたあかい悲しみを
流す さめのたむろする海へ その彼方へ
流す 西風にのせて 荒れたその肌を信じて
流す あかいさんごの祈りを
流す いきものの骨の祈りを
火星がひときわ燃え立っている夜更け
闇がむしばみつづけるという真昼のかたへ
詩誌『駱駝』47号(1956年9月)