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楽しいのは誰?

死んだはずの夏の蝉が
まだあちこちで鳴いている
ミン・ミン・ミン・ミィーン
ミン・ミン・ミン・ミィーン
街の車の洪水の中から
デパートの雑踏の中から
盛り場の騒音の中から
あの蝉のはきこえてくる
ミン・ミン・ミン・ミーン
ミン・ミン・ミン・ミーン
なるほどね
蝉の声かね
祇園精舎の鐘の音は
病気のお坊さんの亡くなる時
諸行無常ときこえたそうだが
ミン・ミン・ミン・ミーン
ミン・ミン・ミン・ミーン
あの狂った夏蝉の声は
どこに行き場もない
うらぶれたオトナたちに
明日の希望のないワカモノたちに
タ・ノ・シ・モー
タ・ノ・シ・モー
って聞こえてくるんだそうな
ミン・ミン・ミン・ミーン
タ・ノ・シ・モー
ミン・ミン・ミン・ミーン
タ・ノ・シ・モー
僕 もと軍隊で通信兵だった僕は
そいつを聞いてモールスでとく
ミン・ミン・ミン・ミーン
トン・トン・トン・ツー
トン・トン・トン・ツー
つまり僕には聞こえてくるのだ
ク・ル・シ・ソー
ク・ル・シ・ソーって
トン・トン・トン・ツー
トン・トン・トン・ツーだから
あの夏蝉の声は「ク」の字の挨拶
タ・ノ・シ・モー
タ・ノ・シ・モー
なんてのはまるでうらはら
ク・ル・シ・ソー
ク・ル・シ・ソー
ってどうしてもきこえてくるんだ
トン・トン・トン・ツー
トン・トン・トン・ツー
つまりあの夏蝉は
雑踏の奥で
クの字のくりかえし
「クククク ククククク」
と声にならぬ含み笑いをしているんだ
街は毎日おにぎやか
盛り場は毎晩おにぎやか
タノシモー
タノシモー
と鳴く蝉に誘われて
「クククク クククク」
みんな
血まなこになって楽しみのかけらを拾って歩きまわっているんだ

マスプロ
オートメ
所得倍増
技術革新も進みまして
重工業もはなやかに
流れこむ外資
ふくれあがる資本
バタフライつけておどる大企業
日本の奇蹟のからくりは
回復の仕組のからくりは
ひなたの企業が
ひかげの企業の上にあぐらをかいて
大きくなってゆく雪だるま ────
その中にあるひょうたん型の
二重構造 ────

従業員は組合員で
組合員は従業員で
二つの意識がこんぐらがって
益々巾をきかせる年功序列制賃金
組合員は平等なのに
福利はもっぱらひょうたんの上の方に
施設ももっぱらひょうたんの上の方に
水平団結のできぬように
ナニワブシのまだはやっているうちに
経営者によって作り上げられる
近代的経営家族主義
組合員の一人々々は
よそに行けない時限爆弾
背のびをしたら見えたりする
停年の向うのささやかな楽園 ────
ちっともそうじゃないんだが
ここまで来たらしょうがない
なるべくさわりのないようにと
ひょうたんの首のあたりで考える
三十代の腰の骨
十三才の子の知能指数
組合だけが命の縄
体を張った命の縄
だったのに だったたしかにはずだったのに
今やたのみは会社だけ
ひょうたんの上の顔役だけ

ミン・ミン・ミン・ミーン
ミン・ミン・ミン・ミーン
汗が出てきます
今年はなぜこうまでも暑いんでしょう
蝉が鳴いてますね
なぁに少々夏は長引いたってかまいませんよ
秋はきっときますよ みのりの秋はなんとか
さぁ
みんなで
パイを造りましょう
でかいでかいパイを
みんな力を出し合って
倍働いたら
倍の大きさのパイが出来るから
そしたら分け前は二倍になるから
ミン・ミン・ミン・ミーン
ミン・ミン・ミン・ミーン
みんなでもっと精を出して
造りましょうでかいパイを
労使協調 みんな仲よく
はっはっは
ミン・ミン・ミン・ミーン
町は自由の花吹雪
なんでもほしいもの安く買えます
いいぇ あなたが働いたらです
今の倍 今の二倍働いたらです
ミン・ミン・ミン・ミーン
私だって秋だのにまだこうして
鳴きつづけているのです このとおり
ミン・ミン・ミン・ミーン
やれないことがありますか
さぁやりましょう 働きましょう
倍の大きさのパイが出来たら
分け前も二倍になるはずです
ミン・ミン・ミン・ミーン
ミン・ミン・ミン・ミーン
さあタ・ノ・シ・モー
さあハ・タ・ラ・コー
さあタ・ノ・シ・モー
さあハ・タ・ラ・コー
ククククク ククククク
ク・ル・シ・ソー
ク・ル・シ・ソー
ククククク ククククク
パイを切るナイフはどこだ!
パイを切るナイフは どこ?
よう 二倍の大きさのパイが出来たじゃないか
二倍働いたら 二倍の分け前って
あんたはさっき言ったじゃないか
さ パイを切るナイフを出して!
パイを切るナイフは?
ククククク クククク
ミン・ミン・ミン・ミーン
ミン・ミン・ミン・ミーン
誰が切るんだ このパイ
誰が持ってるんだナイフ!
 しょうがねえなぁ
 また あんた
 ダマサレタんじゃねえのか

     長周新聞(1962年10月28日)
     礒永秀雄作品集(1981年*長周新聞社)


1960年代の高度経済成長期といわれた頃の作品です。


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