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崖の歌
崖にやさしいのは
その足を洗いつづけている 海
その海の向こうにある
いまひとつの傷ついた崖
僕はその崖の所在を知るべくもないが
崖には見えるのだ
この海のさいはてにあるひとつの崖が
その胸の痛みが
やさしい海をつたってきこえてくるのだ きっと
だから 崖は 崩れない
だから崖はその胸の傷あとを掩わないで生きる
崖にやさしいのは
その足を洗いつづけている海
崖にやさしいのは
その海の向こうのいまひとつの崖
立ったままの祈りも
立ちつくすがゆえにとどくのであろう
そして今日も
潮は 満ち
潮は 引き
波は 寄せ
波はかえし
くろぐろとした夜が底なしの悔恨を強いる時にも
崖にやさしいのは
やはりその足を洗いつづけている 海
詩誌『駱駝』81号(1962年2月)
長周新聞(1962年10月)
詩集『降る星の歌』(1964年6月*扉の会)
礒永秀雄選集(1977年10月*長周新聞社)
礒永秀雄の世界(2000年3月*長周新聞社)