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あかつきの悲歌
1
僕は足もとに風を聞いた
うどんげの花の揺れよりもかすかに
くるぶしをわたってうしろから吹く
つめたい風のためいきを聞いた
生きているの?
君はまだ生きているの?
僕はこの問いをたしかに聞いた
丘から見下ろす町は 浅く
らくがきのようにとぼけてさえいた
僕は昼のからくりに舌打ちした
生きているの?
君はまだ生きているの?
喉が乾いてくるようであった
百舌が啼いた
風は絶えた
僕はいきなり妻の肩をゆすって叫んだ
生きているか?
僕はまだ生きているのか?
2
まひるはとても苦しかった
夜の想いは尚更だった
にんげんを もう やめたかった
僕は瘠せきったこぶしの肉を
噛みほぐし噛みほぐして踞っていた
誰も 招かず
誰も 応えず
時間のつぶてたちに責めさいなまれていた
3
立木は 檻のようにあたりをめぐり
うす闇の底に 僕も やはり
けもののように吼えまわっていた
足かせが鳴っていた
首かせが鳴っていた
僕は立止まってはげしく咳込んだ
うなじのむこうを貨物列車が
車掌のいない貨物列車が
通った 通っていた いつはてるともなく赤い ──── 後尾燈は
しかし いくら待ってもあらわれなかった
想いはもうそれからさきへは行かず
列車は渦を巻いて僕の沼に降り沈んだ
──── しぶきひとつあがらなかった
4
僕ははだしであった
石ころは角張っていた
けれど 赤らんだ上弦の月が
僕に一つの意思を與えた
(それから どうなったか?)
それがどうなったか?
(狂えないのだ)
狂えなかったというだけなんだ
足ゆびたちに血の花は咲かず
石ころは一層角張って足もとに踏み敷かれていた
呪いは喪のマントをひるがえし
狭い空の奥にはためきつづけた
5
葬煙 ゆらがず
垂れこめるものはけものの焼け朽ちる臭いだけであった
やすらぎは
そうして ついに かえらなかった
ただれた血潮を空にかかげ
怠惰な陽はまやかしの幸福を用意して
黒い楽屋に出をまっていた
しかし 客席には 人影もなく
ブザーだけが低く鳴りわたっていた
6
風に盛った青い林檎は
どこへいったい捧げればよいのか
あの空にちぎれてゆらめく雲の糸は
なにをいったいまさぐっているのか
7
大地は
おびただしい血を
空に噴いた
射抜かれた最後の大鴉は
一瞬の映像として微塵に碎けた
荘重な智慧の臨終が地表を覆った
8
声はささやいていた ドルメンに
断片でしかない智慧の部分に
もはやそれも失われた影の部分に
──── 死せるものをして その
死せるものを葬らしめよ と
(注)ドルメン=巨石を使用した墓の一つ。
詩集『浮燈台』(1951年*書肆ユリイカ)