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あかつきの悲歌


僕は足もとに風を聞いた
うどんげの花の揺れよりもかすかに
くるぶしをわたってうしろから吹く
つめたい風のためいきを聞いた

生きているの?
君はまだ生きているの?
僕はこの問いをたしかに聞いた
丘から見下ろす町は 浅く
らくがきのようにとぼけてさえいた
僕は昼のからくりに舌打ちした

生きているの?
君はまだ生きているの?

喉が乾いてくるようであった
百舌もずが啼いた
風は絶えた
僕はいきなり妻の肩をゆすって叫んだ
生きているか?
僕はまだ生きているのか?


まひるはとても苦しかった
夜の想いは尚更なおさらだった
にんげんを もう やめたかった
僕はせきったこぶしの肉を
噛みほぐし噛みほぐしてうずくまっていた
誰も 招かず
誰も 応えず
時間のつぶてたちに責めさいなまれていた


立木は 檻のようにあたりをめぐり
うす闇の底に 僕も やはり 
けもののように吼えまわっていた
足かせが鳴っていた
首かせが鳴っていた
僕は立止まってはげしく咳込んだ
うなじのむこうを貨物列車が
車掌のいない貨物列車が
通った 通っていた いつはてるともなく赤い ──── 後尾燈は
しかし いくら待ってもあらわれなかった

想いはもうそれからさきへは行かず
列車は渦を巻いて僕の沼に降り沈んだ

──── しぶきひとつあがらなかった


僕ははだしであった
石ころは角張っていた
けれど 赤らんだ上弦の月が
僕に一つの意思をあたえた  

(それから どうなったか?)
それがどうなったか?

(狂えないのだ)
狂えなかったというだけなんだ

足ゆびたちに血の花は咲かず
石ころは一層角張って足もとに踏み敷かれていた

呪いは喪のマントをひるがえし
狭い空の奥にはためきつづけた


葬煙 ゆらがず
垂れこめるものはけものの焼け朽ちる臭いだけであった
やすらぎは
そうして ついに かえらなかった
ただれた血潮を空にかかげ
怠惰な陽はまやかしの幸福を用意して
黒い楽屋に出をまっていた
しかし 客席には 人影もなく
ブザーだけが低く鳴りわたっていた


風に盛った青い林檎は
どこへいったい捧げればよいのか

あの空にちぎれてゆらめく雲の糸は
なにをいったいまさぐっているのか


大地は
おびただしい血を
空に噴いた
射抜かれた最後の大からす
一瞬の映像として微塵に碎けた

荘重な智慧の臨終が地表を覆った


声はささやいていた ドルメンに
断片でしかない智慧の部分に
もはやそれも失われた影の部分に

 ──── 死せるものをして その
    死せるものを葬らしめよ と

       (注)ドルメン=巨石を使用した墓の一つ。
      詩集『浮燈台』(1951年*書肆ユリイカ)
     


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