2020/THA BLUE HERB - 激動の今を切り取る言葉と音
野音でライブする彼らを見た時、この人たちの最盛期は今だと思った。
5th album『THA BLUE HERB』を聴きそのライブを見た時、今こそがこの人たちの最盛期だと思った。
先日の札幌での配信ライブ『CAN YOU SEE THE FUTURE?』を見て、本EPを聴いて、THA BLUE HERBの全盛期は今、そしてこらからなのだと思った。
彼らの視点から見た動乱の''現在''を切り取るこのEP、まるでドキュメンタリーを見ているような作品。彼らが今だからこそ歌う曲は、今聴くからこそ抱く感情があるはずだ。
配信無しの盤流通のみという昔気質のスタイル故にファン以外は手を伸ばしにくい音源であるのは事実だが、そのメッセージはジャンルの垣根を超えていろんな人の心に届くはず。音楽を消費していくこの時代に、簡単には消費出来ない音楽がここにある。
『2020/THA BLUE HERB』
1.IF
2.STRONGER THAN PRIDE
3.PRISONER
4.2020
5.バラッドを俺等に
PRODUCED AND MIXED BY THA BLUE HERB
BEATS BY O.N.O LYRICS BY ILL BOSSTINO
CUTS BY DJ DYE
オープニングを飾る1曲目、『IF』。
激動の今を表すようなドラマチックな約1分間のイントロの後、HIP HOP然とした力強いドラムが印象的な太いビートで幕を開ける。5th album『THA BLUE HERB』の地続きとも言えるこの音に乗るのは前に進み続ける彼らの姿勢を表す言葉。
偶然とは万が一、殆どが必然とBOSSは言う。逆境の中、もしもを引き寄せて必然と成す。キャリアの上に幾つもの偶然があったのだとしても、THA BLUE HERBの曲を聴いていると彼らがここまで上り詰めたのは必然なんだなと思う。
''俺をも驚愕 俺のポテンシャル 最近の俺 俺の最高傑作''
20年以上のキャリアを経て今尚こんな言葉を吐けるのは本当に凄い。その背中に何処までも憧れる。
個人的に好きな2曲目、『STRONGER THAN PRIDE』。
ライブ途中の光景を描く楽曲だが、この曲の主人公はライブを賑やかす人ではなく、静かに佇むように聴いている人だ。時に酒をかけられ、視界を遮られ、それでも真っ直ぐにライブを見ている人。
この曲から伝わるのは自分の場所を守るために時として声をあげなければいけないというメッセージ。それは決してライブハウスだけの話ではない。
Black Lives Matterもそうだろう。黙っている事は享受しているも同じ。自分に降りかかる沢山の理不尽から身を守る為には、勇気を出して声を上げる他ないのだ。この曲のHOOKに引用されているのはSEEDAのWisdomの冒頭の一説。その言葉からも同様のメッセージを感じる。
''大きな力俺等に必要ない 今より少しだけ勇気でFLY
どんなHATERにも分かるくらい 痛み喜びもカケルLIFE''
EPの折り返し、3曲目『PRISONER』。
赤落ちした友人に送る歌。TWILIGHT同様に、何処ぞの知らぬ人の為の歌なのにこんなにグッと来るんだろうか。哀愁を感じるトラックと繊細な描写が相まって何とも切ない気持ちになる。印象的なのが次の一説。
''こうして自由を歌えば いつも不自由なお前の幻を見るんだ
つくづく時間の遅さを思い知るさ 時間の速さを歌ってきた俺らしくない''
とても詩的な表現だし、客観的に自分らしく無いと想いを吐き出すBOSSの言葉は不思議と自分との距離の近さを感じて嬉しくなった。
何よりEPを通してラップはこの曲のラストヴァースが一番格好良いと思う。
''漂流者の美学 腹ペコで次のスポットを探してるスケーターみたく
諦めと諦めの悪さが混ざり合う ギリギリの瀬戸際を探しちまう
囚われのお前を想う そことここは今日同じ土曜
そろそろ消灯 夢で会おう 北4条 おお路上''
そして今作のタイトル曲『2020』。
2011年と同様に決して忘れる事が無いであろう2020年。BOSSの目から見た今の世界が生々しく描かれる。
コロナ禍の影響でライブが出来ず苦悩に喘ぐアーティストたち。それはTHA BLUE HERBも例に漏れず。見ようによっては未来世紀日本の前日譚のようにも思える話。しかしそれでも彼らは歩みを止めることはない。時代が変われど変わらないスタンス。世界が姿を変えるならその事を歌うまで。
''2020 今年は長かった春休み 音楽は衣食住の次
暮らしが成り立たなかったら真っ先にクビ 我々色々と試されまくり
さあどうする なら曲を創ろうすぐ そう来るならこうする
逆境こそ好物 待っていりゃ成仏 上げてくボリューム 出てって勝負する''
OK 、余裕。未来は俺等の手の中。
そしてこのEPを締め括る名曲、『バラッドを俺等に』。
ここで描かれるのはBOSSが何処かの街でライブを終え、次の街に旅立つまでのシークエンス。ここで歌われる街に自分の街を重ね、ここで歌われるアンタという人物に自分を重ねる。
最高のパーティを終えた後の幸福感と寂しさが入り混じった感情。出会いと別れ。次への期待。ライブやそこでの人との繋がりの瞬間的な儚さと美しさが言葉の中に詰まっている。
この曲で特に好きなのは、彼らのプロ意識が滲み出る表現だ。
''マイクのヘッドを外して洗う
これをサボると言葉の解像度がグッと下がる''
''DYE、"Word...Live"入る時のタイミング 昨日より詰めてみたい
あの箱のお客はいつも賑やかだし あいつらだったら絶対に好きだろう''
ラッパーに"プロ"という概念があるとするならば、きっとこの人たちの事を言うんだろう。何度ライブを見ても毎回心を鷲掴みにされる訳だ。
EPを締め括るのがこの曲というのが素晴らしい。これ以上ない程に清々しい別れの歌。聴き終わった後、「またな、次はライブで」という言葉が聞こえた気がする。
素晴らしい音楽を聴くと心が満たされるような感覚を覚える。
THA BLUE HERBの場合はそれに加え次への期待感を抱く。それは自らが打ち立てた高い壁を超え続け、次への渇望を歌い続ける彼等だからこそ。
冒頭で触れた通り、THA BLUE HERBの全盛期は今現在、そして未来。ハイライトはきっとまだ来ていない。これからもきっと素晴らしい音を、言葉を聴かせ続けてくれるに違いない。
本当にTHA BLUE HERBは最高だ。
BOSSの言葉が頭の中でこだまする。
『俺たちはまだまだ高く飛べる』