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#3 擦り切れたシングルレコード。悪女/中島みゆき
尻の青いガキが選ぶ名曲シリーズ、その3
♪悪女 / 中島みゆき
中島みゆき、最近サブスクが解禁されましたね。
シングルのみですが、とっても嬉しいです。
生活圏内のTSUTAYAが相次いで閉店してしまい、CDを借りるハードルも高くなってしまいましたので……。
今回紹介したいのは、中島みゆき「悪女」です。
1981年にシングルで発売、翌1982年にはアルバム「寒水魚」に収録されています。いまでも根強い人気を誇る名曲です。
「悪女」には忘れられない思い出があります。
高校生の頃の、体験です。
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夏の暑さも盛りをすぎたある日、
私は地元の女子大にほど近い、リサイクルショップに立ち寄った。
私はちょうどレコードプレーヤーを買ったばかりで、それに合うスピーカーを探していた。
正門周辺の学生街を歩いていると、ウィンドウの奥にエレキギターが見えるリサイクルショップがあった。ここならスピーカーもあるかもしれない。私はふらっと店に入った。
クーラーの効いた店内には、生活用品の中にちらほらと、アンプやキーボードが並んでいる。
いい代物はないかと奥までズンズンと入り込み、物色していると、小型冷蔵庫の横に沢山ののレコードが詰め込まれた段ボールを発見した。ざっと30枚はありそうな、厚い束である。パタパタとジャケットを手繰っていると、アルバムの間にふと、サイズの違うレコードを見つけた。
見覚えのある赤と黒のジャケット、
色っぽく足を組んだ横顔……
中島みゆき「悪女」のシングルであった。
値段は300円もしなかった。私は思いがけない掘り出し物に興奮しながら、急いでレジに持っていった。
熱の冷めやらぬまま帰宅した私は、すぐさま部屋に戻り、レコードプレーヤーの蓋を開けた。そしてターンテーブルにレコードを置き、ゆっくりと針を落とした。
レコードで聴く中島みゆきはどんな音色なのだろう。ザザ……と針が擦れる音に期待を膨らませながら、私は目を閉じた。
しかし、流れてきたのは調子の狂ったイントロであった。曲のコードが不自然に揺れて、上がったり下がったりを繰り返す。歌に入るとさらに雑音も目立つようになっていく。特にサビのあたりは酷く、音飛びするありさまだ。
私の買ったレコードは「不良品」であったのだ。
保存状態が悪かったのかな……と、落ち込みながらレコードをひっくり返し、B面をセットした。もう捨てようかとも思いながら針を落とす。
ところが、B面は全く音の狂いがない。音も安定していて、しっかりと歌声が聴こえる。状態が悪いのは、A面だけだったのだ。
私はこの出来事を、レコード世代の母に話した。すると母は「実物を見せて」と部屋にやってきた。レコードを手渡すと、なにやらディスクを傾けてじろじろと見ている。
ひととおり観察した後、母はA面をあるところを指差した。
「ここ、物凄い擦り切れているね……」
レコードの表面を光に当てて傾けると、たしかに、表面がところどころ白く光っている。溝が擦り切れているのだ。B面は新品同様に綺麗である。
つまり、以前の持ち主は「悪女」ばかりを
文字通り "擦り切れるまで" 聴いていたのだ。
特にサビの部分は歌詞も聞き取れないほどに歪んだ音を発している。きっと、A面、特にサビの部分を、永遠とループしていたのだろう。
背中がひやりとした。前の持ち主の身の上に、どんなことがあったのだろうか。「悪女」を聴かなければ心を落ち着けることのできないような出来事があったのだろうか。
悪女になるなら 月夜はおよしよ
素直になりすぎる
隠しておいた言葉が ほろり
こぼれてしまう イカナイデ
悪女になるなら
裸足で夜明けの電車で泣いてから
涙 ぽろぽろぽろぽろ
流れて 涸れてから
持ち主の涙は枯れたのだろうか。
それとも、まだどこかの暗い部屋で、夜明けを待っているのだろうか。
段ボールに雑然と入れられて安売りに出されていたということは、おそらく大量に所持するレコードのうちのひとつとして売られたのだろう。それは持ち主にとって「悪女」を聴いていた時代が遠い記憶になったという証明であるのかもしれない。
しかし、もう一度その歪んだ音を聴く勇気はなかった。高校生の私は、売り払った持ち主の代わりに、まるで何か重たい過去を引き受けてしまったような、そんな気がした。
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モノに魂が宿る。
それは決してスピリチュアルな事象ではないと思う。「悪女」の擦り切れたレコードの音は、長い年月を経て、私の狭い部屋の中で泣きすがるように響いていた。
そのシングルは今も、捨てずに実家の棚に並んでいる。ビートルズやらクイーンやら、大きなベストアルバムの間に挟まれながら。
いつかまた気が向いたら、引っ張り出して聴いてみたいと思う。その頃には、私もいいスピーカーを見つけておきたい。きっと今ある安物スピーカーより、うんといい音でレコードが聴けることだろう。
もちろん、あのシングルのA面がどうにもならないことは、承知のうえである。
end.