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「3年3組 忘れ物はつらいよ」

事件は突然起こりました。
担任の先生である今野先生、通称コンばぁがこんな宣言をしたのです。
「最近、みなさんの忘れ物が多いですよ。だから、班の中で3回忘れ物をしたら、その班の人たちは一週間給食のおかわりなしにします」
「えぇ~!」
「うっそー!」
「おかわりなし⁉」
教室からは次々と悲鳴が上がりました。
そこで手を挙げたのは佐藤章人です。
「先生、それはおかしいと思います」
章人はコンばぁをまっすぐ見つめました。
「佐藤君、何がおかしいのですか?」
クラスは急に静まり返りました。みんながコンばぁと章人のやりとりを、かたずを飲んで見守っています。
「忘れ物をしたらその人のせいです。他の人は関係ありません」
「関係なくありません。班の責任にしたのは、忘れ物をしないようにみんなで気を付けるためです。まわりに迷惑をかけることがわかれば忘れ物は減るでしょう」
「それで減るんですか?」
「減ります」
コンばぁは力強く断言しました。
「ふーん」
章人はコンばぁの説明に納得がいきませんでしたが、だまっていました。
こうして、3年3組では班の人が3回忘れ物をしたら一週間給食おかわりなしというルールが決定しました。

次の日の音楽の時間。
「あれ?ない、ない!」
内田湊、通称ウッチーは机の中にリコーダーがないことに気づきました。
ウッチー、佐藤章人、石川莉子、新井勇太の4人は1班です。
「え、忘れたの?ウソでしょ」
莉子がけげんな顔して聞きました。
「はぁ?マジかよ…。もっとよく探してみろよ」
勇太がウッチーの机の中に手を突っ込みますが、見当たりません。
「ロッカーに入ってるかもよ?」
章人が探しに行こうと席を立とうとしたときです。
「騒がしいですよ。どうかしましたか?」
コンばぁが近づいてきました。
「あの…ぼく、リコーダーをもってくるのを忘れました」
「1班は1回目ですね」
コンばぁが壁に掲示された忘れ物表の1班の欄にシールを1枚はりました。
それを見たウッチーは下を向くしかありませんでした。
 
その日の帰りの会。
「金曜日の図工で、使い終わったラップの芯を使います。おうちに人にとっておいてもらってくださいね」
コンばぁは黒板に「持ち物 ラップの芯」と書きました。
「みんな、忘れないようにしようね」
「うん!」
「言われなくてもわかってらぃ!」
「ぼく、次は気を付けるね」
みんなでかたく約束をした4人でした。

しかし、金曜日。
「みんな、ラップの芯、もってきた?」
章人がたずねました。
「ごめん、ぼく、もってこられなかったんだ」
ウッチーが頭を下げました。
「はぁ?また忘れたのかよ。おまえ、バカかよ」
「この前、みんなで確認したじゃない!」
勇太も莉子もウッチーのことを責めました。
「みんな、ごめんね」
「どうするの。ラップの芯なんて借りられないし」
「ごめんね。本当にごめんね」
ウッチーはただ謝るばかりです。
「コンばぁにはだまってようぜ。言わなきゃバレねえよ」
「聞こえていますよ」
「ぎゃ!オバケ!」
勇太の背後にコンばぁが立っていました。
「誰がオバケですか!1班は2回目ですね。次、忘れたらどうなるか…わかっていますね?」
「はい…」
忘れ物表の1班の欄に、また一つシールが増えてしまいました。
 
その日の帰りの会。
「明日の持ち物はコンパスだよ。みんな買ってある?」
章人はみんなに呼びかけました。
「ハッハ~。おれは忘れないようにもう持ってきてある!」
勇太は自信満々にコンパスを見せびらかしました。
「勇太君、えらい!」
「勇太のわりによくやるじゃない」
莉子がケラケラと笑いました。
「莉子は一言よけいなんだよ。おい、ウッチー。明日忘れたらどうなるかわかってんだろうな」
「もう後がないんだからね。ウッチー、気を付けてよ」
莉子も念をおしました。
「わかってるよ。お父さんに頼んであるから大丈夫!」
ウッチーの目にはいつになく力がみなぎっていました。

その日の夜。
「章人、明日コンパスを持っていく日でしょ?」
章人がリビングでテレビを見ていると、お母さんがコンパスを渡してきました。
「いや~危ない、危ない。忘れるところだった」
章人がコンパスをもって自分の部屋に戻ろうとすると、お父さんが帰ってきました。
「ただいま。あ!章人、そのコンパスどこで買った?」
帰ってくるなり、お父さんは章人のコンパスを指さしました。
「何、急に。お母さんがネットで買ってくれたんだよ。なんで?」
「さっき、駅前でな。見知らぬおばあちゃんに『この辺でコンパスを買えるお店はないか』って聞かれたんだよ。今日中にコンパスを買わなきゃいけないらしんだが、商店街の文房具やさんがもう閉まってて困ってたんだ。でも、お父さんもわからなくてなぁ」
「あら。なんでこんな時間にコンパスなんて探しているのかしらねぇ」
(コンパスっておばあちゃんになっても使うものなんだ)
この時、章人はその程度にしか考えていませんでした。
 
次の日の朝。
「本当にごめんね。ぼく、コンパスをもってこられなかったんだ」
ウッチーが深々と頭を下げました。
「はぁ?ふざけんなよ!今日の給食なんだか知ってるか?焼きそばだよ、焼きそば!」
勇太が頭を抱えました。
「焼きそば、大好きなのに…」
莉子はがっくり肩を落としました。
「昨日、ウッチー、大丈夫って言ってたじゃん!なんでいつもいつも忘れちゃうの?」
章人も怒りをかくせません。
ウッチーは両手で顔をおおい、ボソッと言いました。
「うち、もうすぐ妹が産まれるんだ」
「それと忘れ物の何の関係があるのさ」
「お母さん、ずっと入院してるんだ。コンパスはお父さんが用意してくれてたんだけど、急に夜勤になって受け取れなかったんだ。代わりにおばあちゃんが夜急いで買いに行ってくれたんだけど、文房具やさんが閉まってたんだ」
(昨日、困ってた人ってウッチーのおばあちゃんだったんだ!)
章人はお父さんの話を思い出しました。
「じゃあ、ラップの芯は?」
「お父さんに『取っておいて』って頼んでたんだけど…。朝起きたらお父さん、もう仕事に行っていなくって。どこにあるのかわからなかったんだ」
「その前のリコーダーは?学校においておけばよかったじゃん」
「ぼく、リコーダーが苦手なんだ。でも、お母さんと約束したんだ。退院するまでに、もっと上手にふけるようになるって。それで、家で練習してたら、持ってくるのを忘れちゃったんだ」
それを聞いた章人は何も言えませんでした。それは、莉子も勇太も同じでした。
章人は考えました。
「コンばぁに言いに行こう。おかわり禁止を取り消してもらおうよ」
「無理だよ、そんなの」
「だって、やっぱりおかしいよ。先生に話してわかってもらおうよ」
「えぇ…」
「じゃいいよ、ぼくだけ行くから」
章人は黒板の前の席にいるコンばぁのもとへひとりで向かいました。
「先生、おかわり禁止をなくしてください」
「佐藤君。決まりは決まりですよ。3回忘れたらおかわりなしです」
「先生は間違ってます」
「なんですって?」
コンばぁがキッと章人のほうをにらみました。
「だって、忘れ物は減らなかったし、だれもハッピーにならなかったじゃん。班っていうのはみんながハッピーになるためにあるんだ。嫌な気持ちになるために、あるわけじゃないんだ。それに、先生はなんで忘れ物をするのか考えたことがある?忘れ物をしたくて忘れ物をする人なんていないんだ!」
「章人君、もういいよ」
ウッチーが章人を止めにかかりました。
「よくないよ!ウッチーは悪くない!どうしてちゃんと話さないの?リコーダーを忘れたのはお家で練習してたからだし、ラップの芯もコンパスもウッチーのせいじゃないじゃん」
いつの間にか章人の目から涙がこぼれていました。
そこへ、ずっとだまっていた莉子が立ち上がりました。
「先生!おかわり禁止のルールをなくしてください」
「莉子ちゃん!」
「石川さんまで何ですか!」
コンばぁは驚いた様子で莉子を見ました。
「家でリコーダーの練習するやつなんてウッチーくらいなもんだぜ。練習しないやつよりいいじゃねぇかよ」
ついに勇太も参戦です。
章人は力がみなぎってくるのを感じました。
「だったら、他のクラスの先生が忘れ物をしたとき、先生もバツを受けてください。そんな決まりないんでしょ?ぼくたちばかりおかしいよ!」
章人の強い訴えに、その様子をじっと見ていた他の班も声をあげだしました。
「先生、ぼくもそう思います」
「私も…」
「ぼくも!」
それでもコンばぁは引き下がりません。
「忘れ物に理由もへったくれもありません。決まりは決まり!忘れ物は班の責任!おかわりなし!」
コンばぁが顔を真っ赤にして叫んだその時です。
「はい、そこまで」
みんなが声のほうを振りむくと、教室のうしろに校長先生が立っていました。右手にはコンパスが握られています。
「校長先生、いつからそちらに?」
コンばぁは目をまんまるくしました。
「佐藤君が『先生は間違ってます』って言ったあたりからかなぁ」
とぼけた様子で校長先生が言いました。
「そんな前からいらしてたんですか…」
今度はコンばぁの顔が青くなりました。
「はい、内田君。さっきおばあちゃまが職員室に届けにいらしたんだよ」
校長先生はウッチーにコンパスを手渡しました。
「おばあちゃんが…」
ウッチーは大事そうにコンパスを見つめました。
「これで、内田君の今日の忘れ物はなしかな。ねぇ、今野先生?」
「そ、そうですね…。校長先生がそうおっしゃるなら…」
「やったぁ!!」
クラス中から大歓声がわき起こりました。
この日の給食の時間はクラス全員、おなかいっぱい焼きそばを食べることができました。もちろん1班も。
 
次の日の朝。
章人が教室に行くと、忘れ物表がはがされていました。
「どうゆうこと?」
そこへコンばぁが教室に入ってきました。
「先生もよく考えました。その結果、班の責任も給食おかわりなしもやめにします。でも、忘れ物をしていいというわけではないですよ。今日はどうしたら忘れ物をなくせるか、みんなで話し合いしましょう」
コンばぁの言葉に、教室中が喜びにあふれかえりました。
「イエーイ‼」
「今日の給食は?」
「カレーライスだ!」
3年3組は朝から大盛り上がりです。          (おしまい)

☆3組シリーズ 続編「4年3組 目指せ!優勝」

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石森のぶ
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