見出し画像

稲村公望「戦後の平和維持体制は完全に崩壊した」(『維新と興亜』第15号、令和4年10月28日発売)

戦勝国体制としての国際連合


── 日本を取り巻く安全保障環境が厳しくなりつつあります。
稲村 現在、国際政治の大地殻変動が起こっており、戦後の平和維持体制が完全に崩壊したと認識する必要があります。
 戦後秩序の構築は、アメリカのルーズベルト大統領とイギリスのチャーチル首相が主導しました。すでに1943年11月22日から27日まで、エジプトのカイロでルーズベルト、チャーチル、蒋介石が会談し、対日戦争の戦後処理などについて協議、さらにヨーロッパ戦線などの問題を議論するために、翌28日にはイランの首都テヘラン、なんとソ連大使館に場所を移して、ルーズベルト、チャーチル、スターリンによる三者会談が開かれたのです。この三者が1945年2月4日からクリミア半島の保養地ヤルタで会談し、戦後処理の基本方針を決めたのです。ここで、秘密協定としてソ連の千島・樺太領有を認めることを条件に、ソ連の対日参戦が決まりました。国際連合の設置、安全保障理事会での拒否権も、ヤルタ会談で固まったのです。
 つまり、国際連合=連合国は戦勝国体制にほかなりません。現在も国際連合は、中国語では「聯合國」です。安全保障理事会常任理事国である米英仏露中の5カ国は、パーマネント・ファイブ(P5)と呼ばれています。また、国連公用語になっているのは、中国語、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語、アラビア語の6カ国語だけで、日本語を国連公用語に加えようという議論さえ起こりません。
 五大国以外の指導者たちは、拒否権を持つP5の特権をなくすべきだと主張してきました。例えば、今年9月の国連総会でも、トルコのエルドアン大統領が、常任理事国5カ国に特権が認められている現状に対して、「世界は5カ国で収まらない」と不満を示し、「より公平な世界をつくることは可能だ」と訴えました。
 戦後77年経った現在も、国連は戦勝国体制を引きずっています。国連憲章には、連合国の敵国であった国(日本、ドイツ、イタリアなど)が、戦争の結果確定した事項に反したり、侵略政策を再現する行動等を起こした場合、安保理の許可がなくても、国連加盟国や地域安全保障機構は当該国に軍事制裁を科すことができる、とする「旧敵国条項」が残されているのです。ようやく1995年の国連総会で、旧敵国条項の改正削除が採択されましたが、憲章改正には常任理事会を含む加盟国の3の2以上の批准が必要とされており、未だに改正のめどは立っていません。
 こうした中で、中国は尖閣諸島をめぐる問題についても、国連の場で「第二次大戦の敗戦国が戦勝国中国の領土を占領するなどもってのほかだ」などと日本を非難しています。
 一方、国連人権委員会の決議に基づいて提出された「女性に対する暴力とその原因及び結果に関する報告書」(クマラスワミ報告)が、慰安婦を「軍事的性奴隷」と規定するなど、国連は反日勢力の遊び場の様相を呈しています。

国連に代わる国際組織設立に動け


── バイデン大統領は、5月に行われた岸田首相との首脳会談で、安保理改革が実現した場合、日本が常任理事国に入ることを支持すると表明しました。
稲村 常任理事国の変更は、常任理事国のロシアや中国が反対すれば実現しません。それをわかった上で、バイデン大統領はリップサービスをしているに過ぎません。アメリカの本音は、加盟国分担金を日本に負担させることなのでしょう。
 我々は、国際連盟の時代に日本が常任理事国だったことを想起する必要もあります。主権回復後の1956年に国連加盟を果たして以来、わが国は国連外交を政策の重要な柱に位置づけ、イギリス、フランス、ロシアよりも多い加盟国分担金を払ってきました。それに相応しい地位を求めるのは当然です。日本政府は宮澤喜一政権時代の1990年代初頭から常任理事国入りへの希望を表明してきましたが、実はアメリカ議会には反対論が根強くあります。日本が憲法で集団的自衛権の行使を禁じられている状態のままでは、国連安保理の任務は果たせないというのが反対理由です。
 すでに、国連の平和維持機能は失われています。ロシアのウクライナ侵攻は、その機能不全を改めて浮き彫りにしています。戦争開始当初からロシア軍の即時撤退を求める決議案が出されましたが、ロシアの拒否権行使によって否決されました。
 国連の機能不全がはっきりした以上、日本の国連分担金を大幅に縮小し、むしろ国連に代わる新たな国際組織の枠組みについて検討を開始するときだと思います。

国際拝金主義勢力と戦うトランプ氏


── 戦後国際秩序の崩壊は、グローバリストの衰退と連動しているのでしょうか。
稲村 トランプ前大統領は、長らく続いてきた対中関与政策に終止符を打ちました。一九七九年の米中国交正常化以来、米中の経済的な相互依存が高まる中で、アメリカでは「中国が経済発展をすれば、やがて民主化に向かう」という期待が高まりました。こうした中で、世界覇権を米中で二分割しようという「G2」構想さえ語られるようになっていました。ピーターソン国際経済研究所所長を務めたフレッド・バーグステン、世界銀行総裁を務めたロバート・ゼーリック、ゴールドマン・サックス出身のヘンリー・ポールソンといった人物がG2の旗を振ってきました。ところが、トランプ政権の誕生によって、対中関与政策は転換され、米中冷戦時代が幕を開けたのです。このトランプ政権の対中政策をバイデン政権も表面的には踏襲しています。
 一方、米中協調路線を葬ったトランプ氏は、「国際拝金主義勢力」と一線を画し、行き過ぎたグローバリズムに歯止めをかけるべきだという考え方を持っています。これが、国際拝金主義勢力の影響下にあるアメリカの主流メディアが、トランプ氏を敵視する理由なのでしょう。しかし、トランプ氏は依然として一定の支持を維持しています。
 米共和党内のトランプ氏の影響力も揺らいでいません。8月の同党予備選では、「反トランプ」の急先鋒であるリズ・チェイニー氏が敗北しました。11月の中間選挙に出馬する共和党候補569人中、過半数の291人がトランプ氏に同調しており、このうち174人は選挙戦を優位に進めているとも報じられています。私は、2024年の大統領選挙で、トランプ氏あるいはトランプ派の候補が勝利すると考えています。圧勝する可能性すらあります。
 戦後秩序の中でその力を維持してきた国際拝金主義勢力の弱体化が進んでいるということです。5月に開催されたダボス会議には、バイデン大統領も習近平国家主席も参加しませんでした。ダボス会議の日本人唯一のボードメンバーである竹中平蔵氏がパソナやオリックスの要職を退いたことも、国際拝金主義勢力の退潮と無関係ではないでしょう。

プーチン大統領は真の民族主義者なのか


── ウクライナ戦争の行方は国際秩序の変動にどのような影響を与えるのでしょうか。
稲村 ウクライナ新興財閥(オリガルヒ)のイーホル・コロモイスキーらとの関係に示されるように、ゼレンスキー大統領の背後には国際拝金主義勢力の影が見え隠れしています。
 一方、プーチン大統領の評価は定まっていません。彼は、ダボスのヤング・グローバル・リーダーズに選ばれるなど、グローバリストとの深い関係が窺われる一方で、スターリン時代のKGBのドレスデン駐在要員であっただけに、スターリンのソ連全体主義への忠誠を引きずっているのかという疑問も残ります。ただ、一方では、ロシアをソ連時代よりも貧しい国に貶めた国際拝金勢力に挑む本物の民族主義者に変身した可能性もあります。
 例えば、プーチン大統領は9月30日に大クレムリン宮殿内の聖ゲオルギーの間で演説し、国際拝金主義勢力が主導するグローバリズムを徹底的に糾弾しています。彼は、過去に欧米諸国が行った植民地政策、ソ連崩壊後にアメリカが行ったロシアの財産の簒奪など、グローバリストたちが自由と民主主義の名の下に行ってきた非道を告発しています。
 実は、ロシアとウクライナの紛争は、2014年から始まっていますから、「誰もが失った戦争」とも定義され、世界中の国がこの紛争に巻き込まれて、犠牲になっています。この紛争で利益を得たのは、軍需産業と中国だけだとの皮肉な見方が有力です。ヘンリー・キッシンジャーは、すでにクリミアとウクライナ東部の二州をロシアに渡すべきだとの主張を明らかにして、むしろ中国の拡張を抑止すべきだと、ダボス会議で発言して、大きな反響を呼びました。
 日本がバイデン政権に巣くうネオコンと国際拝金主義勢力に追随せずに、ウクライナ戦線での一刻も早い停戦を、ロシアとウクライナ双方に要求することが、日本の国益のみならず、世界の安定に寄与することは間違いありません。プーチン大統領も、安倍元総理と27回の面談を重ねて、日本こそが極東で最も信頼できる平和愛好の文明国であることを知っているはずです。千島列島を日本に帰すと発言すれば、氷漬けになった平和条約は、一瞬にして溶けるはずです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?