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随筆「三組の盟友たち~良き友 よき相棒~」③(23年1月発行同人誌掲載作品)

2025.2.4投稿    石野夏実
※長さがあるので5回に分けてUPします。その3回目です。ひとつ目は黒澤と三船でした。今回はフェリー二とマストロヤンニです。次回はスコセッシとデ・ニーロです。

※※写真があった方が格好がつくので、慌てて手持ちを並べて記念写真を撮りました。遅れてきたり隠れていた子は、仲間に入ってません。

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(2)フェデリコ・フェリーニ(1920~1993)とマルチェロ・マストロヤンニ(1924~1996)
 
 フェリーニは「映画監督になっていなかったらサーカスに入り団長になっていただろう」と何度も語っている。本当にその通りなのだろう。子どもの頃からサーカスが大好きで家出をしてサーカス団についていったくらいだ。    
彼は言う「人生はサーカスだ。映画もサーカスだ」
 代表作のひとつ「81/2」でのマストロヤンニ扮する映画監督のグイドが述べる有名なセリフは「人生は祭りだ。ともに楽しもう」
 フェリーニの映画は、フェリーニ流ユーモアが空気のように漂っている。私は、フェリーニと組んで撮った映画のマストロヤンニが好きである。
 
 中高年で監督フェリーニの名前を知らなくても俳優マストロヤンニの名を知らない人はいないと思えるほど、彼は知名度も人気も高い。
 戦後の日本で有名な俳優は、イタリアはマストロヤンニ、フランスはアラン・ドロンであるがドロンの代表作「太陽がいっぱい」がアマゾンプライム配信で観られないのは残念だ。 
 ふたりとも数々の浮名を流した戦後のヨーロッパ映画を代表する双璧の2枚目スターであるが、出演本数はマストロヤンニが160本、ドロンが80本ほどとのことである。(脇道にそれてしまいました!)
 
 そのマストロヤンニとフェリーニの出会いは、劇場で共演したジュリエッタ・マシーナ(フェリーニの妻で女優。「道」「カリビアの夜」などに主演)が「甘い生活」の主人公を探しているフェリーニに、マストロヤンニを引き合わせたことによるといわれている。
 しかし「運命のままに‐我が愛しのマストロヤンニ‐」(エンツォ・ビアージ著岡本太郎訳)によれば、フェリーニがジュリエッタとマストロヤンニが出演している舞台を見に行って知り合ったそうである。
 そのあとマストロヤンニは映画館にフェリーニの「青春群像」(1953)を観に行き、興奮して胸いっぱいになったので住所を知っているジュリエッタ経由で監督宛に賛辞の電報を送った。
 その後の監督と俳優としての出会いは、ローマ近郊の海辺の町で実を結んだとのことである。
 プロデューサーは「甘い生活」をポール・ニューマンで撮りたがっていたがフェリーニは「彼は大物過ぎるし、どこにでもいるような顔が必要」と反対していた。
 マストロヤンニはフェリーニと仕事をするためなら何でもするつもりでいたが、せめてあら筋がどんなものかくらいは知りたかったので見せて欲しいと頼んだ。
 すると同行していた脚本家のエンニオが、フェリーニに促され差し出したのはフェリーニ自身が描いた絵だけだった。(※絵コンテの様なものだったかどうか定かでない)
 マストロヤンニは心であたふたしながらもさりげなく「ええ、結構ですね。ではどこに行ったらいいのか、いつ伺えばいいかだけを教えていただけますか」と、まあこんな具合に対応した。
 個性的過ぎるフェリーニを全面的に受け入れられる人物でなければ一緒に仕事は出来ないのである。
 それからというもの、二度と脚本を見せてほしいと頼むことはなかったそうであるが、互いを丸ごと受け入れることができた瞬間である。
 最初の出会いと会話で、相性はほぼ決まると思う。ふたりは深いところで繋がり、以後、生涯の盟友となった。
 
 マストロヤンニは、イタリア中の、いや、有名無名を問わず欧米監督の作品に多数主演していて、前述のように全出演本数は160本以上だ。
 彼は頼まれたら断れなくて色々な作品に出演しているが、ここでは一番相性が良かったというか、似てはいないが互いが互いであることを許容できる、私生活も含め心を許せる相棒としての級友感覚(級友との表現はフェリーニの言葉)の監督は、フェリーニであった。
 貴族出身のルキノ・ビスコンティ監督は、舞台出身のマストロヤンニにとって「師」であるが、決して対等ではなかったようだ。「白夜」(57)や「異邦人」(67)に主演したが、氏に対してはずっと敬語を使い、領主と家来のような関係であったと「運命のままにーわが愛しのマストロヤンニ」の著者ビアージに語っている。
 
「81/2」の主人公グイドはフェリーニ自身であるが、それを完璧に演じた(というよりは)フェリーニの代わりに表現したのは、マストロヤンニであるとフェリーニは述べている。
「ひまわり」(69年ヴィットリオ・デ・シーカ監督)や「異邦人」の様な名作でのマストロヤンニは、演技をする俳優マストロヤンニであるが「81/2」のマストロヤンニはフェリーニの分身である。
「インテルビスタ」(87)というドキュメンタリーを装った作品がある。フェリーニの「チネチッタ愛」があふれているといわれている映画だ。
 この「インテルビスタ」は、二人が作った最後の作品であり評判も高いのであるが、プライムビデオなどの配信では観られない。レンタルも無く、中古のDVDは4万円もするほど希少価値で人気が高い。観たいけれど観ることができないでいるファンも多い。私もその一人である。
 オムニバス映画(3本)を除くと、フェリーニの生涯長編映画は20本になる。
 マストロヤンニとは、そのうち5本(別の監督でのドキュメンタリー「フェリーニの都」を入れると6本)を一緒に作っている。それらは初期と晩年であり、中間の「サテリコン」前後の時代は空白である。
 ふたりの関係は、フィルムアート社「フェリーニ―私は映画だ―夢と回想」岩本憲児訳からのフェリーニ本人の言葉を以下引用する。
 
「マルチェロ・マストロヤンニに対しては、仕事を一緒にしているのだ、という深い実感がわく。彼は私の友人であり、親しい仲間であり、また私がよく知っている人物である。マルチェロが本当に私の手助けになってくれるのは、彼がただ職業俳優としてすぐれているというだけでなく、私を信頼して自分をまかせてくれるからである。つまり、私は冒険的な試みがやれるわけだ。このことはきわめて自然に、しばしば起きる。それも、たいへん興ざめになるような没入(狂信的な職業的没入)の仕方とはまったく無関係にだ。だから、マルチェロとは別種の協力関係ということになる・・・」
 フェリーニ作品「甘い生活」と「81/2」では、やはりマストロヤンニはフェリーニの分身そのものであったのだ。
 
 三船の告別式の時の年上の黒澤の弔辞は胸を強く打つものであったので、フェリーニとの別れに際してのマストロヤンニの最後の言葉を探した。
 次のものしか見つからなかったが、しかし胸の内は実によく伝わる。
※「運命のままにーわが愛しのマストロヤンニ」(エンツォ・ビアージ著岡本太郎訳 著名なジャーナリストのビアージがまとめたマストロヤンニのインタビューや関係者の証言をもとにした書き下ろし本)より~
 
 以下、マストロヤンニがフェリーニに最後に会った時の話である。
「彼はフェラーラにいた。病院に収容された時は、行きたくなかった。友だちだってことを見せたくて行った人間がたくさんいたからね。僕にはそれがひどく嫌だった。あのベッドに寝ているところは痛々しかった。歯が1本だけ長い気がしたよ。具合の悪い時の人間はひどいもんだ」
「ぼくに言うんだ。〈なあ、リミニ(※フェリーニの故郷)にいたんだよ。グランドホテル(※定宿)にね。例の、血行をよくする靴下を穿いていたんだが、脱ぎたくなってね。すべって頭をナイトテーブルにぶつけて床に転がってしまった。誰かに助けを求めなきゃあならなかったんだが、自分がばかみたいに思えてね。それで電話を探すとアスパラガスが一束あるじゃあないか。自分の手だった、感覚のなくなったわたしの手だ〉」
※以下はフェリーニの妄想と幻想が入り混じった話になる
 
「誰か!誰か!と叫んでいたらミッキーマウスみたいな出で立ちの子供が入ってきたので誰かよんできてくれないかと頼んだらドイツ語でアイン・ツヴァイと返事された。それから担架係がきて海岸近くを通ると拡声器からニーノ・ロータ(※音楽担当の長年の相棒)の音楽が流れてたよと」
「それからフェデリコはぼくに言った。〈それ見えるかい、そこのキリストさ?ときどきぱっと、飛んでゆくんだ。それから戻ってくる。手術に2時間もかかったせいなんだよ。まだ麻酔の毒が抜け切らないんだ。ときどき医者もえらくちっぽけに見えてね〉」
「医者は僕に言った。〈泣いたとしても気にしないで下さい。神経がすっかり参ってしまっているので、ちょっとした感情の揺れですぐに涙が出てきてしまうんです〉」
「これが最後に会った時のことだ。それからチネチッタで会ったけれど、その時はもう柩の中だった。あれも、すっかりショーだった」
 
「チネチッタ」とは、ムッソリーニ時代に作られたイタリアのローマ郊外にある世界有数の規模を誇る撮影所である。
 フェリーニはひとつの都市として存在している巨大なチネチッタが大のお気に入りで日常のほとんどをそこで過ごしていた。最晩年には前述の「インテルビスタ」(87)という映画まで作ってしまった。
 イタリア全盛期の映画のみならずアメリカの大作「ベン・ハー」や「クレオパトラ」、「ローマの休日」「ギャング・オブ・ニューヨーク」にも使われた。日本映画では「アマルフィ女神の報酬」や「テルマエ・ロマエ」などに使用された。
 

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