日本のモノクロ映画「泥の河」小栗康平監督

「泥の河」 1981年 小栗康平監督作品 感想
2021.11記        石野夏実 

久しぶりにモノクロの文芸作品を観たくなって、宮本輝原作の小栗康平監督「泥の河」をプライムで検索した。有料であったが観ることが出来た。7,8年前になると思うが、管理人氏が読書会で「蛍川」(泥の河も収録)を取り上げられていたのを思い出した。
小説でも映画でも「泥の河」の設定は大阪であるが、映画のロケ地は名古屋の中川運河とのことであった。名古屋出身の私には、実際に何度も通ったことがある懐かしい場所である。
小栗監督はこの原作のイメージに合う運河を日本中探して回ったと読んだことがある。この運河が無ければ、物語は始まらないし成り立たない。大前提の主役なのであった。

作品の時代設定は、戦後10年ということで昭和31年頃、1950年代(神武景気時代1954~57)である。
宮本輝は、1947年生まれなので私より2歳ほど年上であるが、時代の共有はこの小説に限らず、様々な作品で感じられる身近な作家である。

この映画は、戦後を代表する日本映画の名作の最たるものであると思うが、作られたのは1981年で、昭和もすでに56年になっていた。
敗戦から36年も経っているのに戦後10年の雰囲気を絶妙に醸し出し、リアル感も半端ないほどのセットや小道具であった。
俳優たちは、子役はもちろん、大人の俳優も全員が役のイメージに相応しい最高のキャスティングであったゆえ、上映から40年経った今でも時々観たくなる映画なのである。

川縁のうどん屋のひとり息子で小3の主人公ノブオ、流しの廓船で母と姉銀子と3人で暮らす学校にも行っていない同い年のきっちゃん。
この少年2人が、夏休みに知り合い、親しくなる。
ひと夏の出会いと別れの物語なのであるが、どの場面も味わい深い。
ノブオの両親に田村高廣と藤田弓子、この夫婦が、とても良い味を出している。この作品は、田村高廣のお気に入りの代表作であろう。画面から子どもたちへの優しさが伝わる。
藤田弓子は、日常の生活感がある役が上手い。銀子を可愛がるこの役を気に入っていたことだろう。この映画には、悪い人は出てこない。
きっちゃんと銀子の母親に加賀まりこ。この映画の加賀まりこの美しさは、目を見張るほどである。
子役の3人は、この作品しか出演作はなく、その後も俳優はしていないとのことである。どの子も、場面場面で見せる子どもらしい素直な表情が素晴らしかった。引き出した小栗監督の力であろう。

「泥の河」は原作も名作であるばかりでなく、寡作な小栗康平の初監督作品にして最高作品であると言われているし、私もそう思う。

81年公開ではあるが、白黒作品ならではの効果も大きい。労働者の住む下町と運河を背景に、戦後10年の時が経過していても、まだ戦争を忘れていない風景や人が、丁寧に描かれているため、戦後の貧しい時代を知っている世代には懐かしさあふれる映画なのであった。


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