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悲喜こもごもを電波に乗せて


 石巻魚市場がある魚町に仕事で出かけた。久しぶりだ。震災前後でがらりと変わった街並み。恥ずかしながら迷ってしまった。たどり着いたのは目的地ではなく、漁業無線局があった場所。大きな電波塔から世界中の船と電報のやり取りをしていた拠点だ。40年近く前のある記憶がよみがえるー。

 「オタンジョウビ オメデトウ オカアサンノ イウコトヲキイテ オトウサンノ カエリヲマッテテネ」―

 幼い時の誕生日、南洋で巻き網船に乗っていた父から電報だ。今のように携帯電話やメールがない時代。家族にひと言のメッセージを届けるのはひと苦労だったろう。それでもこの無機質にも見えるカタカナの文字列がどれだけ多くの人を安心させ、そして笑顔にさせたことだろう。

 一方で家族の死などの悲しいフレーズも電波に乗って洋上を駆け巡ったはず。無線局は漁業に関わる人の生活を支えていた。といっても過言ではない。

 この無線局も津波の直撃を受け平成25年3月に廃止された。水産都市の石巻からあのアンテナが消えてしまったのは寂しい限りだが、あたたかな記憶の引き出しが開いたことは良かった、と思った。

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