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京から旅へ / インド編 インド仏跡巡礼⑮クシナガル「涅槃堂」(ねはんどう)
インド、二日目。釈尊(ブッダ)入滅の地「クシナガル」の朝である 朝6時半、ホテル出発。
昨日、予定していたのに、行けなかった、 涅槃堂とラマバール最後の説法地跡へと向う。
ホテルのすぐ近くで、バスは停車。
“目覚めが悪い” 身体の背をグッと伸ばし、バスのステップを降りる。 濃霧である。
涅槃堂に続く白い門を抜けて参道を行くと、 白く、濃い霧の中で、高い椰子の木のシルエットが迎えてくれた。
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さらに奥を臨むと、手前に僧院の跡を広げ、背景に白い涅槃堂が、 濃い乳白の海に浮かんでいる。 幻想的な、美しい眺めである。
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昨日、時間が遅れ、予定を変更したお陰か、仏様の思し召しか。 “インド時間” も悪くない、と、無邪気に思う。後の事も知らずに‥
涅槃堂の階段の上で、裸足になり、お堂の中へと続いた
釈尊(ブッダ)は、八十歳で、涅槃(ねはん)に入られている。此処、入滅の地「クシナガル」で。
この年齢、紀元前のインドでは、超長寿なのではないだろうか?
確かに釈尊は、若い時に、超人的修行をされた方ではあるが‥
猛暑による熱波やモンスーンによる大洪水など、インドの大自然の脅威だけでなく、戦争や飢饉、疫病の発生などの危機を超え、さらに教えを伝える為、険しい山々を登り、深い谷や森を抜け、大河を渡り、病も克服されて、歩き続け、重ねられた年齢である。
驚愕の精神と生命力を持った、偉大なスーパーシニアだ。
さすがに、ブッダ(目覚めた人)と成る方は、凡夫とは根本的に違うのである^^
釈尊は八十歳を迎え、晩年に多くの説法をされた霊鷲山から離れ、故郷に向け最後の旅に、アーナンダと数人の修行僧を連れて出る。
釈尊(ブッダ)が、数か月後に来る、自分の死を予告しての旅である。
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ガンジス河を渡り、ヴァイシャリーの町を過ぎ、途中、激しい雨季に 入ッた為、移動を中断し、定住(雨安居)して布教を行う。
此処で釈尊は、死ぬほどの腹痛に見舞われるが、回復する。
この時、釈尊が死ぬかも知れない事に、うろたえるアーナンダへ、 釈尊より、伝えられたのが「自燈明 法燈明」の教えである。
衰えを見せながらも釈尊の旅は続くが、鍛冶屋のチュンダが持つ マンゴ園で、施しに出されたキノコ料理にあたり、死の床に臥す。
二本の沙羅双樹の間に床を敷き、頭を北に向け、右脇を下にして、 釈尊は横になり、自分の死後について、アーナンダに指示をする。
(北枕は、両親のいた方角に足を向けない、孝行心からとも‥)
そして夜半、満月の光が、降りそそぐ、沙羅双樹の下で‥ 釈尊(ブッダ)は、静かに、偉大なる生涯を閉じた。
と、云う事で、その釈尊(ブッダ)の「涅槃の像」が、目の前にある。全長が6.1Mもある、とても大きな金色した像である。足もデカイ。
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1876年にイギリスの考古学者、アレクサンダー・カンニンガムによって、此処の近くに流れるヒラニアヴァッテー河の河床で発見されたもので、五世紀位に作られたと推定されている。
もともとは赤砂岩で作られた像だが、近年、ビルマの仏教徒により金色に塗られてしまったとの事である。
釈尊の死を、多くの弟子や動物が、周りで嘆き悲しむ「涅槃図」を京都のお寺や博物館で、見てきた私としては、部屋の真中に一体だけ、どーんと、涅槃仏がある事に、少しだけ違和感を持ったが‥気づいたら、自分達、見学者が釈尊の周りで、嘆き悲しむ弟子達の一人となった、「立体涅槃図」が、構成されているようでもある。
初めは撮影禁止と思っていたが、他の外国人観光客が撮影を始めても、注意を受ける事もなかったので、恐る恐る、撮影をした。
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が、慌てた為、AFスイッチがオフなのに気づかなく、ピンボケ気味。 どうも、カメラの “目覚めが悪い” のは、この凡夫に似たようである。
インド仏跡巡礼⑯へ、続く
(2014年4月1日 記)