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プレゼンスとエンタメ

プレゼンス(Presence)とは、そこに居るという「存在」「存在感」を意味する。このプレゼンスは学術的に長らく研究されている。しかし、プレゼンスが何を意味するのかに関しては学者によって大きく異なっており、プレゼンスという用語の定義を一致するには至っていない。唯一一致している点は、プレゼンスが重要であるという点のみである[Lombard & Jones(2015)]。

 情報通信技術が発達する以前は、我々は自身の身体的プレゼンス(Physical Presence)しか持っていなかった。すなわち、自分自身がどこに居るかということである。しかし、情報通信技術の発展により、我々は複数のプレゼンスを持てるようになった。

 コロナ禍の現在、ZOOMなどのオンラインミーティングが一般的になったが、ここで示されるのはテレプレゼンス(Tele-presence)である。Twitter などのSNSに書き込めば、ネット空間上の社会的プレゼンス(Social Presence)が発揮される。最近話題のメタバースなどの仮想空間にアバターを使って参加することは、仮想的プレゼンス(Virtual Presence)の提示である。また、オンラインゲームに複数人のチーム形式で参加すれば、ゲーム空間上の仮想的プレゼンスと社会的プレゼンスが示される。

プレゼンスとエンタメは明らかに関係している。LombardとDittonは、プレゼンスの心理的効果として楽しさ(Enjoyment)を挙げている[Lombard & Ditton(1997)]。エンタメビジネスが消費者に楽しさを与えるものであることを考えれば、その関係性は明らかである。

 また、LombardとDittonは、没入感(Immersion)をプレゼンスを構成する一つの次元として位置づけている[Lombard & Ditton(1997)]。そして、この没入感が、エンタメに密接に関連していると考えられる。

 没入感は、身体の感覚器官を通してもたらされるものであり、身体的プレゼンスの関与具合によって変化する。身体的プレゼンスを伴うライブコンサートへの会場での参加は、感覚器官への刺激度合いが強く、強い没入感をもたらす。一方、テレプレゼンスしかもたらさないオンラインコンサートは、現在の技術では、消費者が満足する没入感を提供できるまでには至っていない。

 しかし、身体的プレゼンスの強さがエンタメの楽しさに直結しているとは言い切れない。逆に身体的プレゼンスが弱まることによって可能となるエンタメの要素もある。例えば、メタバースのアバターでは、生物学的、身体的束縛なら逃れ、男性女性のどちらにも、何歳にも、どのような身体的見た目にも、猫にも、非生物のロボットやモノにもなれる。

 このように我々は、様々なエンタメを通して複数のプレゼンスを発揮している訳であるが、これらのプレゼンスとエンタメを体系的に論じられるフレームワークはまだない。加えて、個人のプレゼンスとアイデンティティは密に関係していると思われるが、この分野の研究蓄積はまだまだ十分であるといえない状況である。

 現在のエンタメ産業の実務上の課題、最新の技術を用いたエンタメのデザイン手法の必要性に応えるべく、この研究分野の素早い進展が待たれる。

参考文献

Lombard, M. & Jones, M. [2015] "Defining Presence," in Lombard M., Biocca F., Freeman J., IJsselsteijn W., Schaevitz R. (eds) "Immersed in Media," Springer, Cham.

Lombard, M. & Dittion, T. [1997] "At the Heart of It All: The Concept of Presence," Journal of Computer-Mediated Communication, Vol.3(2), Retrieved February 17, 2022 from https://academic.oup.com/jcmc/article/3/2/JCMC321/4080403?login=true


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石松 宏和/エンタメビジネス研究者
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