情報社会を生き抜くための本38「不便益のススメ」新しいデザインを求めて(川上浩司)
筆者の川上浩司さんは、京都大学の大学院横断教育プログラム推進センターの特定教授。便利な時代だからこそ不便益の重要性を説いている。この本は岩波ジュニア新書で、中高生向けに不便益の効能をエピソード中心に書いている。
IoT(Internet of Things)は便利な生活を開いてくれる。すべてのものが効率化と自動化の中で結びつき、超スマート社会と言われる。しかし、筆者はだからこそ不便の益を見失ってはいけないと主張する。
園庭をあえてデコボコにして園児の動きを不便にさせようとする幼稚園の園長先生の話、意図的に階段や長い廊下などのバリアを設けて身体能力を衰えさせないように工夫したデイサービスセンターの話など不便の益をわかりやすいエピソードで示している。
先日、ゼミの学生たちが発表用のプレゼンを作成していて見せてくれた。きれいにまとまっている。必要な情報をきちんと入れ、条件や過程や結果なども仕上がっている。しかし、私はあえてダメ出しをした。「ひっかかる」ところががないのだ。このプレゼンでは情報は流れるように目や耳に入り、そして、そのまま出ていく。オーディエンスに考えさせたり、印象づけたりするものがない。それも不便益の考え方の延長線上でとらえられる。
筆者のまとめた不便から得られる8つの益は以下の通り。
・主体性がもてる
・工夫できる
・発見できる
・対象が理解できる
・安心・信頼できる
・上達できる(飽和しない習熟)
・私だけ感
・能力低下を防ぐ
筆者はロボット開発にも関わっている。筆者の考えるロボットは「弱いロボット」。ゴミを見つけても拾ってしまつをするのではなく、ゴミの周りをうろうろするだけ・・・それをみた人間がゴミを拾うことを誘発するのだ。掃除ロボットはよくあるが、「弱いロボット」は掃除をしない掃除ロボットだ。
京都市左京区で展開した「左折オンリーツアー」の企画も面白い。「右折できない」ので、目的地へ行くには回り道をしながら時間をかけていくことになる。思いもかけなかった風景やお店の発見がある。碁盤の目のようになっている京都だからできる贅沢なツアーだ。しかも、左京区は京都の中心街から少し外れて入るが学生がの雰囲気もあり、面白いお店が多い。ガイドブックを手に目的地へ最短で行って、写真を撮っているだけが観光ツアーではない。
デジタル社会はどうしても効率化・自動化で動いてしまう。sciety5.0(超スマート社会)になればますます人間は何もしなくてもなんでもできてしまう。「ひっかかり」のない人生はつまらない。筆者は、不便益にはデジタル・デトックスの効能もあるとする。デトックスは毒素を排出するという意味がある。デジタルな情報に囲まれていると情報依存になりがちで常に情報を得ていようとスマホをいじってしまう傾向がある。そのことは多大なストレスを脳に与えていることにもなる。デジタルデバイスから離れてデトックスを行うことは重要だ。IT企業で働くビジネスマンがマインドフルネスで自分を無にする時間を得ようとすることにも通じる。
「不便益」・・・来年からの中学校国語の教科書(光村)に教材として載ります。