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『美しい彼』が灯す愛の形【平良の清居への信仰心の真実に迫る】


『美しい彼』原作において、
平良が清居のことを

偉大なる普通

『美しい彼』凪良ゆう キャラ文庫(徳間書店)

と、表現する場面がある。
その言葉が拝読当時ずっと心に引っかかっていたままだった。霧を晴らしたのは、『美しい彼』実写シーズン1-1話(以下S1-1と表記)でキツめの清居の言葉を受け止めたときの平良の顔だった。
原作拝読時に私の想像した平良の顔よりも、傷ついていないリアクションの実写平良の表情を観たとき、驚きと共に点と点が線で繋がったかのようにやっと腑に落ちたことを今でも忘れない。
 平良の清居に対して爆速的に膨らんだ強すぎる想いを、一般的に言う"一目惚れ"にカテゴライズするにはあまりにも安直すぎると思っていたからだ。

この"平良が何故、清居に心酔し信仰するまで至ったのか?"という点が美彼という物語の芯に繋がっていく重要なファクターなので、整理した上で湧き上がる想いを紡いでみた。

※以下、原作と実写を織り交ぜつつも、実写軸を主にしています。原作と実写では見せ方や解釈のニュアンスの差、相違点がある上での、あくまでも個人的・主観的な考察になりますのでご理解くださいませ🤲🏻


◼️平良の生育環境と自尊心◼️


 平良は吃音のせいで虐められたり、人と馴染みにくかったり、引っ込み思案な性格ではあるが一般的に言う"いい家庭環境"で育った子どもだ。
平良の部屋には一眼レフや天体望遠鏡があり、本や雑貨なども多く一般家庭ではないようなものを持たせてもらえていた。
 鍵っ子の清居とは逆に、平良は1人っ子でどちらかといえば過保護なことのほうが課題になるような家庭だったのだと思う。S1-1冒頭平良のモノローグや、引っ越し時の母親の言動から少し垣間見える)

 過保護は、過干渉に繋がることもある。主観の域での想像でしかないが、平良は子供の頃から親が細やかに心配をかけてこられた境遇だったのではないかと思う。
心配する行為は、元を正すと親そのものの不安の表れでもある。子どもは敏感な生き物だからそれを感じて成長する。
源流は愛情ではあっても、受け止める側は、
自分は「心配させるような存在」「頼りない存在」というように感じ性格形成に刻み込んでいく可能性を孕んでいる。

 上記のように、平良が育っていく過程で、両親の心配をたくさん受けてきたこと、顔色を伺ってきたであろうこと、吃音のせいで人から"劣"な存在としてみられるような感覚で生きてきただろうことから、人から"可哀想に見られる"ことに敏感なのではと感じていた。
 そんな平良が高校3年の春に劇的に清居に出会う。
美しき孤高のキングは、石ころ平良の世界を一変させてしまうことになる。

◼️平良の自尊心を助けた「優しくない」清居の偉大なる美しさ◼️


 劇中には清居が平良に向けて「キモい」という言葉を投げるシーンが度々ある。一見、キツくて否定的な言葉であるため、恋愛作品で出てくることに驚ろかされる。しかしそれが美彼を語るのに最もキーになるワードだ。

なぜ否定的表現である「キモい」がキーになるのか。
それは清居が平良へ投げかける「キモい」には差別心がないという点に行き当たるからだ。
清居の言葉はいつも実直だ。
数々の「キモい」発言も、自分が思ったからそのままを言ったという真っ直ぐなだけの行動を意味している。
清居は平良の吃音を決して哀れんだりはしないのだ。

 清居はS1-1冒頭、始業日の登場時から遅刻にも関わらず、堂々とした態度で「寝てました」と言う。
担任教師がいても自己紹介は名前だけで終わらせ、趣味も「特にない」だ。
 清居は最初から誰の顔色も窺わなかった。
そんな不遜な態度の清居が、ただ清居というだけで、平良の自己紹介での絶望感や周りの雑念を一瞬でかき散らしてしまった。
S1吉田が自分の粗相を平良になすりつけようとしたときも清居の態度は一貫していた。
 だからこそ平良にとって清居は特別になっていく。
 平良はずっとありふれた「好き」でさえうまく表すことができずに歩いてきた人生だった。
思ったことを当たり前に体現する清居の圧倒的な存在感とインパクト。
平良にとってどれだけの衝撃で、どれほど救いになったことだろう。
 だから平良は清居の「キモい」発言に芯に傷つかない。むしろ、本当だからそのとおりだとすら思っている。清居は優しくもなく正しくもなく、清居なだけ。

 人に優しくするのが当然、思いやりが大切、常にそう教えられる人間社会。
でも「優しさ」は完璧なものではない。
「優しさ」は時に同情が織り混ざることで、相手に「憐れな人」というレッテルを貼ることになるということを、平良は何度も身をもって感じながら生きてきたと思うのだ。

 元々自尊心の強い平良には「同情」の匂いが判ってしまうと思う。吃音があることで顔色を窺われたり、気を遣われたり、変に優しくされすぎることで、相手からすれば「優しさ」であったとしても、受ける平良は逆に惨めになることも多かったはずだ。
 それは平良が透明人間になりたがる理由に繋がっていると思う。
透明人間になって世界から切り離されていれば、
自尊心をむやみに傷つけられたり荒らされたりしなくて済むからだ。
 独りは寂しいと思いつつも、
世界から切り離されて"1人"でいることは、平良にとって周りの喧騒から唯一自分が逃げられる術だった。


 平良の自尊心の強さが見えたのは、
清居がS2-4神社で「おまえの1人や2人」養えると言った時拒絶が顔に出るシーンだ。
 上記で記したとおり、同情は平良のアイデンティティを不安にさせる要素だから出た拒絶反応だ。
 清居にとっては(どんな平良でも受け止める)という気持ちから出た言葉であったと思われるが、平良には同情の匂いに近いと捉えたシーンだと推察できる。清居側からすると(頑固な平良様)と見えているが、平良側から見たら死活問題だ。
同情される〈可哀想にみられる〉ことは〈ダメな人間扱い〉として軽んじられたように感じられてしまうから。
 自分で自分のことを石ころと思っていたとしても、"平良一成"であることの尊厳に触れることだから、平良にとっては他人から同情されることは最も嫌なことなのだ。
 だから清居が即言い直した「迷惑かけたら、その場で捨てんぞ」2)にはニヤけ顔になる。それは平良の中ではひとりの人間として扱われ、その方が信頼されているという感覚なのだと思う。
心配するよりも信じてほしい、という人としての無意識のセンサーかもしれない。

 まさに野口が言う「自信がなさすぎるのと自信がありすぎるのは、肥大した自意識の表れって意味で同じ紙の裏表」のとおり、平良の自意識は強く、その強さは自尊心の高さにつながっている。
そこに触れられることは、たとえ唯一無二の清居であっても譲れないことだと判る象徴的なシーンだった。

◼️「汚水を流されていくだけ」だった人生を変えてしまうキングの存在◼️


S1-3で清居が城田たちからトマトジュースをかけられる事件が起きる。
平良にとってそれは聖域[清居]を侵される最も禁忌な行為だった。
無視されても陰口をたたかれてもパシリにされても馬鹿にされても、口を慎み物事を荒立てることなく、静かに受け止め心を平らかにすることだけを貫いてきた平良が、
はじめて自分の激情で他人へ(自分よりも人間ヒエラルキーの上位の人間へ)反撃するという下剋上をはたした衝撃的シーン。


誰かのことばかりを優先して、自分の心を粗末に扱わざるを得ないで生きてきた平良が、人を傷つける罪悪感や自責の念などをかなぐり捨てて、
初めて自分の衝動で自分の力で、
心を守るために強い流れに拳を振り翳したという自己救済の衝動。

 そのトリガーはやはり清居だった。
清居がいたから、平良は平良自身を守るために立ち上がることができたということだった。
清居が清居だということが、
長年、どうすることもできずにいた無力でちっぽけで「汚水を流されていくだけの」1)2)平良の在り方を変えさせてしまった。それほどの強い影響力を及ぼし、エネルギーとなった。
 平良が平良一成というひとりの人間として
やっと世界に向けて“自分はこうだ!“と光を放った瞬間だったかもしれない。
平良は清居という存在に照らされていることを自覚する。それはますます清居という存在の偉大さを噛み締める、平良にとって人生最大のクーデターだった。

◼️「美しい彼」の真の美しさと尊さ◼️


 以上のように平良が清居に信仰するまで至ったのは、美しさと存在感で場を一掃する出逢いのカリスマ的インパクトだけではなく、清居が優しくなかったからだと確信できた。
清居が誰の顔色も伺わず、誰に対しても自分軸をブレさせることなく、ダメなものはダメと言える差別心のない真っ直ぐな存在だったからだと…

 私が美彼に完全に堕ちたのは平良が清居の「偉大なる普通」という感覚を崇めていることを認識できた時だと改めて思う。
 果たして他の人間のレンズ越しに見る清居は、平良が見出すほどの美しさを映しだすだろうか?
平良は恋心よりも先に、「清居奏」という魂の美しさに気がついたのだ。
その景色を理解してからふたりの在り方の関係性を見ると、ひらきよの唯一無二レベルがたまらなく尊く愛おしく、さらに奇跡的な繋がりであることをつきつけられる。
 甘やかでいて食い込むような呪縛の果てしなさに耽溺してしまう。

 この『偉大なる普通』感覚は誰にでも判ることではないと思う。個々に持つコンプレックスや、その拗らせ具合にもよるし、それぞれの感受性の強さ細やかさ、経験値にもよると思う。
個々に持っているステータスの中、相手の側に立ってみられるかどうかにもよる。

 人は自分が見ているもの感じている世界が世界のすべてだ。誰かの目にならない限り他の見え方が映ることはない。そこにはいつも孤独が孕んでいて、誰かから見える世界と、自分から見える世界との間の埋められないものに翻弄され惑わされ苛まれて生きている。
 清居と平良の見える世界も互いに全然違う。
平良は「清居の目からはどんな世界が見えているんだろう」1)と思いを馳せるシーンがあるが、
どんなに崇めてもどんなに近づいても決して清居にはなれない、ということを自覚していることを示している。その思いは想像の域を出ない。
逆に清居も絶対に平良の目でみた世界を見られることはない。だからこそ清居も平良が理解できずに苦悩や葛藤を繰り返していく。

 人は分かり合えないもの。
悲しいことでも、絶望することでもなく、普遍の摂理なだけだ。分からないからこそ、想像や気遣いで互いの世界に繋ぎ目をつくっていく。
一緒にいるために心を寄せることができるのは"愛"しかないと、模索する平良と清居が教えてくれる。


◼️『美しい彼』という底なしの呪縛◼️


『美しい彼』はただのBL作品ではない。
本当の「美しさ」とは?「優しさ」とは?「正しさ」とは何かまで考えさせられる恐ろしく深い作品だ。
ありのままの相手を受け止める。その難しさも考えさせられる。
そして自分軸をブレさせない清居に憧憬をおぼえさせられる。
そんな清居の真の美しさまで見抜いた平良の研ぎ澄まされた審美眼が凄い。
[吃音のある平良一成]という人生でなければ、
清居が持っている孤独にも気づけなかったし、
清居がキングとして見えることも、真の美しさに惹かれることもなかっただろう。
平良生の尊さに改めて心酔する。


 『美しい彼 』の沼はとてつもなく深い。
『美しい彼』というタイトルから何を見出すのか?
孤独感を強く持ってきた人ほどこの沼を抜け出すことはできないかもしれない。
そして、ふたりが愛を学んでいく姿の愛おしさにくるまれながら、きっと皆、狂おしいくらい魅せられ続けていくのだ。



🔹後記🔹


凪良先生のテーマの真髄が実に細やかで深い。
人間ヒエラルキーを考えさせるのが凪良作品の真骨頂なのかと思う。

 分かり合えない相手との関わりの中で、何を寄す処(よすが)にしていけば自分とは違う他人と一緒にいることができるのか?
強者に支配されて弱者として生まれた者が、何の掴みどころもない世界で、確かなものを見つけようとともがき足掻く。その姿を受けて、心の端から希望が膨らんでチリチリと燃え上がってくる。衝動に身を震わされる。
 絶望の淵にいても失望することなく自分の答えを手繰り寄せようとする。物語のキャラクターたちの真摯な瞳が映し出す景色が凪良先生の描く世界だ。

 時にリアリティを感じる鋭さと心理描写の精密さは、逃げ場のなさのような差し迫った感覚を呼び起こさせる。誰にも見えないはずの心の奥底に触れられたかのような不思議な感覚もある。
それだけ凪良先生の歩いてきた道程が茨の道であったということがひりつくように伝わってくる。
 分かり合えない人との関わりの世界。絶望と希望を行ったり来たり苦悩する、ひとりの人間の愛おしさを魅せてくれる。
その繊細で研ぎ澄まされた痛いほどの感性に打ちのめされるばかり。

 私が抗えないほどの引力に引き摺られて『美しい彼』に囚われているのは、
平良や清居、凪良先生がいつかの自分かもしれない半身としてどうしても引き込まれて、寄り添ってしまうからかもしれない。
この愛おしい呪縛に囚われる甘美な日々を、
これからも味わいながら生きていくのだろうと思う。

 🌟長文お読みいただきありがとうございました😊
『美しい彼』を愛して止まない患者の溢れる想いでした。これからも愛し続けていきます。 
神、凪良先生の新刊『儘ならない彼』、楽しみでもあり、またどうしようもなく心掴まれてしまうかと思うと怖くもあります。ひらきよの未来がさらに輝いていくのを見守っていきます。
そしていつかもし、実写続編があったら泣いて喜びます。
素晴らしい作品に愛と感謝を🙏✨
エターナルッ🥂
2024.10.17

※2024.03.11にX投稿したポストを加筆訂正してまとめました。

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※引用文に関しては括弧で表現しています。
以下の文献を参照しています。


【参考&引用文献】

1)『美しい彼』MBSドラマ特区
2)『美しい彼シーズン2』MBSドラマ特区
3)『劇場版 美しい彼〜eternal〜 』カルチュア・パブリッシャー
4)『美しい彼 公式シナリオブック』坪田文(徳間書店)
5)『美しい彼』凪良ゆう キャラ文庫(徳間書店)
6)『憎らしい彼』凪良ゆう キャラ文庫(徳間書店)

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