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新約:ブッダ
近所のヤク中であるアンクル・アーソンは、時に真実の代弁者であったと思う。その胡乱な振舞いは、宗教的なアイコンを想起させることがあった。
ある日、サウスセントラルの駐車場でギャング同士の銃撃戦があった。誰もが頭を引っ込め、ただ流れ弾に当たらないことを願った。
そんな中、ふらりと浮浪者じみた足取りでアンクル・アーソンが現れた。
何を思ったのか、彼は銃撃戦の真っただ中へ歩みを進める。嵐のような銃弾が降り注ぐなか、彼は屈んだかと思うと赤子を抱きかかえた。
彼だけは、あの駐車場に赤子が取り残されていることに気がついていたのだ。
弾丸が飛び交う中、赤子を抱える彼の姿は、駐車場に鳴り響く銃声を厳かな沈黙に変えた。
彼はヤク中でありながら「アンクル」とリスペクトされているのは、そういうわけだ。
「時は一方通行ではない。瞬間瞬間時代が重なりあっているのだよ」
ある日、共にジョイントを共有していると、アーソンがぽつりと語り始めた。突拍子も無い内容であっても、彼の言葉には耳を傾ける価値がある。たとえ明日の銭にならずとも、生きる足掛かりとなる気がする。
「ブッダを知っとるか?」
「知っているよ。だけど、アンクル。俺は神を信じない」
すると、アンクル・アーソンは喉を鳴らして笑う。
「ブッダは神じゃないよ。実在した男だ。そして今もなお、生き続けている」
なるほど、今日は戯言のほうだ。だけど、彼の言葉を遮るつもりはない。彼の言葉を遮るものはこの町にはいない。
「こいつがブッダだ」
アンクルが懐から取り出した写真を見ると、古ぼけた銅像のようなものが写っている。まるでヤク中のようにトロリとした目をしている。それに、くるくるとした縮れたのスキンヘッドに、厚ぼったい唇。この特徴はまるで……。
「ブッダは黒人だ」
「……」
いやいや、そんな、まさか。
「彼がこの世に生まれたのは、1950年のハーレム街。ま、ヤク中の戯言としてここは一つ耳を傾けてくれ」
【続く】