救いたくても救えない悲しさ
当たり前のことですけど、社会生活をしているのでルール違反は罰せられます。
しかし、それ以外はどう生きようと基本的には自由なのでややこしいことがある訳です。
「私の自由です」「ほっといてください」など、いろいろな反応があります。
果ては「権利を侵害するな!」まで。
自由なのでしょうけど、リアルな世界では悩ましいことにもなっています。
もしかすると、夫婦関係や親子関係のような身近な関係でも、こんな反応があって、悩みになっているかもしれません。
主張する側からすれば、どんな日常のさ細なことでも、その人が「正しい」と思い込んでいることが通らないと、ストレスを感じています。
そのストレスがだんだん積み重なって「悩み」となり、だんだん意固地になっていき、関係が破綻する残念な展開になっているかもしれません。
では「悩みを消す方法はあるのか?」と、問う人がいるかもしれませんが、問う人の思いは「正しい」と思い込んでいるままなのです。
自分を変える気は全く無い訳です。
「正しい」のですから。
でもリアルな世界は残念な展開になっていく訳です。
そして「ほっといてください」です。
救いたくても、悲しいことですけど「救えない」となるでしょう。
「人の幸せとは?ということに尽きるなぁ」と、改めて思うのです。
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