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フィンランド関連記事の幸せ「ドヤ感」に負けないためにできること
こんにちは。フィンランド生涯教育研究家の石原侑美です。
フィンランドの専門家が、なんだかちょっと喧嘩腰のタイトルでいいのか!と思われる方もいらっしゃると思いますが、記念すべき2023年の初記事はこんなタイトルになってしまいました。
最近、テレビや雑誌、ネット記事でフィンランド特集をよく見かけるようになりました。サウナ、SGDs、ライフスタイルなど、フィンランドで何十年も当たり前だったもの・ことが、日本で年々多種多様に話題になり、はたまた他のアジア諸国や北米圏などからも注目させれるようになりました。
その大きな要因の一つに、国連機関SDSNが毎年発表している「世界幸福度ランキング」でフィンランドが5年連続1位を獲得していという、パワーのある文言がベースになっているとことは間違いないでしょう。
フィンランドの幸福度の高さについて、その要因としてよく言われていることは、
社会福祉が整っていること
高い税収だが国民が納得していること
教育が充実していること
自然が豊かで美しいこと
その他、ムーミンやサウナなど、日本からみると魅力のあるソフトパワー(キャラクターや文化など)も相まって、多くの日本の人たちがフィンランドに対してポジティブなイメージを持っているように見受けられます。
しかし、フィンランド市場が大きくなり始めた今だからこそ、
「気になっているけど、幸せオーラ満載のフィンランドってなんか好きになれない」
とフィンランドを斜めに見ている人も中にはいるんだろうなぁと推測します。
そんな人達にこそ届けたい、
単純なポジティブイメージの世界だけではない、素朴だけどシュールで、とても優しいフィンランドの世界を。
そして、フィンランドに関する幸せ「ドヤ感」に触れた時にあなたができることを、わたしなりに考えた答えを共有させてください。
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キラキラしたフィンランド特集が「ドヤ感」に見えてしまう
もしも今、わたしがフィンランドの研究家ではなかったら、おそらくフィンランドの記事の「ドヤ感」に抵抗感を持っていたでしょう。
実際に、フィンランドの研究をしている今でも、フィンランドに関する記事を見て、しばしばそのドヤ感に煽られる瞬間があります。
では、フィンランドに関する記事の「ドヤ感」って一体なんでしょうか。
そもそもドヤ感という言葉は、ドヤ顔から派生している言葉で、関西弁の「どや!(共通語の"どうだ!")」という言葉を、テレビでお笑い芸人が発した言葉が語源のようです。その顔が、強く自己主張をしているように見られることから、ドヤ顔と言われるようになったようです。
ドヤ感とは、
ドヤ顔に通じる態度が雰囲気から感じられるさま。得意になっている様子が感じられる、自己主張がくどい、などの意味合いで用いられる表現。
フィンランドに関連する記事の「ドヤ感」とは、
フィンランドは社会福祉が整っていて、教育も進んでいて、ムーミンやサウナなどの魅力的なコンテンツがある、だから幸せな国なんです、ドヤッ!
端的にいうと、こんなニュアンスに見えてしまうということでしょうか。上記の表現は大いに私の偏見がたっぷり含まれていますが、記事にはインスタ映えする雄大な自然、または綺麗な街並みとともに記事が掲載されていることがしばしばです。
ここで抑えたいことは、フィンランドには社会保障の充実や魅力的なコンテンツがあることは間違いないということです。けれど同時に、それらがあること=フィンランドの人たちが幸せであるという主張に対して違和感を感じてやまないことです。
現に、SDSNが発表している世界幸福度ランキングでは、社会保障の充実は幸福度を構成する一つの大きな調査項目で、フィンランドを初め北欧の社会保障制度は20年で世界から注目されています。
<幸福度ランキングの項目>
・一人当たりのGDP
・社会保障の充実
・健康寿命
・職業や人生のおける選択の自由
・寛容さ
・腐敗認識(公的機関の腐敗など)
これらの6項目の総合的数値を出したものが世界幸福度ランキングを構成していますが、「世界幸福度ランキング1位のフィンランド」フレーズが一人歩きし、フィンランドの文化や社会制度のほとんどが「幸せの要因」という捉え方をされるような記事になりがちです。
つまり、幸福度ランキングが高く、注目すべき魅力的なコンテンツが多い=人々が幸せと言えるのかどうか、この問いを探究しない限り、フィンランド関連記事の幸せ「ドヤ感」へのモヤモヤは解消されないかもしれません。
幸せ「ドヤ感」は1ミリもないフィンランドの人たち
2022年夏、私は50日間フィンランドに滞在し、教育施設である図書館や学校の調査や一般家庭にお邪魔しました。
私の本職である教育施設視察については、オンライン講座や別のメディアで記事を掲載しているので、そちらで確認してください。
何件かお世話になったお宅訪問で、60代のご夫婦の湖水地方の別荘での体験が印象的でした。
ここでは2泊3日間の滞在中、「リタイアライフ」の暮らしを体験させていただきました。
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ヨーロッパの美味しいワインと共に、フィンランドの名物料理・ムイック(サケ科の淡水魚)のフライやブルーベリーパイなどをいただきながら、ご夫婦と何度も食事中に楽しい会話を重ねました。
ある時、私が尋ねました。
「フィンランドは世界一幸せな国って言われるようになったけど、そのことについてどう思う?」
すると夫のタネリさんは、少し困惑した顔で、
「そうなんだよね。最近海外の人に"フィンランドは幸せな国"って言われるけど、少し戸惑っている。だって、幸せは人それぞれ違うんだから」
との回答でした。
この回答は、私にとって予想通りでした。なぜなら、他のフィンランドの知り合いに同じ質問をしても、同じように「フィンランドは幸せな国」と言われることに困惑している様子だったからです。
その要因は多岐にわたりますが、歴史・社会の視点で見ると、フィンランドは105年前にできた新しい国で、それまでの数百年はスウェーデンやロシアの統治下の国でした。独立後も内戦、ロシアとの戦争、第二次世界大戦を経験し、1945年の終戦以降は日本と同じように戦後復興、経済成長、オイルショック、世界経済危機(日本のバブル崩壊)を経験してきた国でした。
フィンランドの歴史については、私の無料ウェビナーの文字起こし記事がありますので、詳細は下記の記事をご覧ください。
そんな背景もあり、隣国のロシアやヨーロッパの脅威の中で独立したフィンランドは、経済や安全保障で何度も危機があり、その度になんとか乗り越えてきた国でした。
したがって、歴史の中でここまでフィンランドが世界から注目されることがなく、またフィンランドの歴史背景からかけ離れている「幸せな国」という言葉は、フィンランドの人たちが戸惑うのも自然なことかもしれません。
ましてや、昨今の情勢で、ロシアとの国際関係がターニングポイントを向え、安全保障面での脅威や物価高、ロシアからの観光客の激減はフィンランド経済や生活に大きな影響を与えています。
このような国の危機が20年おきにやってくる国だからこそ、社会保障を充実させ、誰もが平等に自由に人生を選択できる権利が与えられる社会を作り上げてきました。
長い冬を越えるフィンランドの自然環境と同じように、常に危機を乗り越えていかなければならない社会だからこそ、幸せ「ドヤ感」をアピールする暇もないくらい、自分の幸せを作ることに精一杯なのではないかと思います。
幸せ「ドヤ感」はどこに有るのか
では、フィンランド関連記事の幸せ「ドヤ感」は一体どこにあるのか。結局、それは読み手の心の中に棲まうものなのではないでしょうか。
"オーロラが見れるフィンランドに行けば、きっと人生観が変わる"
"素敵なデザインに溢れるフィンランドに居れば、きっと幸福度が上がる"
"社会保障が充実しているフィンランドに行けば、きっと幸せになれる"
記事の中に直接このような表現がなくても、フィンランドの映える写真やデザインと共に、"良い"とされるフィンランドの側面を書くと、読み手の中にはキラキラしたフィンランドに憧れたり、反対にキラキラしたフィンランドを拒絶してしまう人もいるでしょう。
結局のところ、フィンランドの人たちの「幸せな国」という言葉の困惑も、読み手の幸せ「ドヤ感」のモヤモヤも、原因は幸せの形を決めつけられていることへの違和感ではないでしょうか。
フィンランドのライフスタイルや自然環境を真似ねて、幸せを感じる人もいれば、感じない人います。
記事の中でも、直接的にフィンランドの生活は幸せスタイルですよ!と表現していなくても、どうしても写真映えするフィンランドの街、自然、デザインの画は、幸せ「ドヤ感」を助長してしまう可能性があります。
では、フィンランド関連記事の幸せ「ドヤ感」を感じたとき、読み手の私たちにできることは、
記事の内容を「幸せになれるかもしれない」と一旦仮の答えとして置いてみる
どうしても気になる内容だったら、実践してみる
実践してみて、感じたことを書き留める
また次の仮の答えを探す
PDCAサイクルを回すのと似ていますね。ただ、通常のPDCAと違う点は、
PDCAサイクルに限界が来たら、一旦止まること
そして、自分の大切にしている価値観を見つめ直す
この自分の大切にしている価値観を見つめ、探究する姿こそがフィンランドの人たちが実践しているライフデザインのスタイルなのです。
フィンランドのサウナでは、テレビやローリュサービスなどはなく、一人で静かに蒸気の音を聞きながらリラックスしたり、自分のことをゆっくり振り返る場として利用されています。
フィンランドに居ても、日本にいても、モヤモヤやストレスは日々溜まっていきます。どの人にも平等に。
最も大切なのは、
何をすれば自分のモヤモヤやストレスをちょっとずつ解消できるか
何をすれば自分の小さな幸せを感じるか
つまり、自分を知ることなのです。
幸せ「ドヤ感」に負けないマインドスキルを身につけて、ちょっとずつ自分の"心地よい"を積み重ねて、「いい人生だった」って言って最期を迎えたいです。
※本記事は、私が普段フィンランドのライフスタイルや文化を発信する立場の人間として、自戒を込めて記事を作成しました。
フィンランド関連記事の書き手さんや、フィンランドのライフスタイルを広めている方々に感謝を込めて。
石原侑美
フィンランド生涯教育研究家、Elämäプロジェクト代表
専門分野は国際関係学、文化人類学、教育学(Pedagogy)。大学院修士課程在学中のテーマは「韓国と台湾の若年層における日本大衆文化と対日感情」。ブランド・コンサルティングの会社を起業以降、教育・製造・自治体でのブランド構築事業に携わりながら、フィンランドの教育文化を研究し、「人が自立しながら豊かで幸せに生きる文化」を追究し続けている。