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「カレーの市民」と「子ども理解」

美術館でロダンの「カレーの市民」を見た。
時が止まったかのような、否、時が止まることを心底願っているかのような凍てついた歩みの6人の立像に、心が動いた。
以前にも同じ場所を訪れ、この像たちを見ているのだが、その時の記憶はほとんどない。
今回、胸に迫るものがあったのは、恐らくここのところずっと、教師による「子ども理解」ということについて考えているからだろう。
自分の中で、「カレーの市民」と「子ども理解」が確かに重なったのである。

館内の解説によると、この作品は、中世の100年戦争においてイギリス軍からフランスのカレー市が攻撃された時に、ある市民たちが自己犠牲によってカレー市を救った歴史上の出来事を題材にしているという。そして、制作を依頼した後のカレー市の人々は、完成したロダンの作品を見て、大いに落胆したという。
なぜなら、カレー市民が求めていたのは、自己犠牲によって市を救った勇ましさと誇りに満ちた英雄の像であったにもかかわらず、ロダンが彫り刻んだのは、恐怖と絶望を纏い痩せさらばえた6人の市民だったからだ。そこには、カレー市の人々が共有していた我らの英雄の姿は微塵にもなかった。

だが私達はその六体の像から、刑場に引かれるがごとき行為を自ら選択せざるを得なかった6人の、一人一人の思いを受け取ることができる。俯き足元をじっと見つめる者、頭を抱えて苦悩のうめき声を上げている者、運命を呪うかのように大きく身をよじる者、また、何もかもを見透したような表情で静かに前を向いている者など、死を前にした固有名詞をもった6人が、「今」「そこで」感じているそれぞれの思い、すなわち6つの生と死への物語が彫像の「皮膚」の内側から伝わってくるのである。

この六体の彫像によってロダンは、同時代のカレー市民が共有していた一義的・慣習的で政治的な英雄像を根こそぎ転倒した。また、おそらく彫刻観をも。

「子ども理解」とは、まさにこういうことなのだと、私には思われた。
子供を理解するとは、一元的な能力をリスト化したものよって計測したり表したりすることではない。慣習的・制度的な類型に子供を当てはめ、それで捉えた気になることではないのだ。
一人一人異なる、固有名詞をもった子供に教育として迫るためには、その子供が学びを軸とした生の営みにおいて何をどのように意味づけているのかという、その子の物語に近付こうとすることに他ならないことを、「カレーの市民」が教えてくれている。

さらにこの像は、「子ども理解」とは教師が新たな言葉を獲得していく営みであることも示唆している。

私は今、「カレーの市民」の六体の彫像に対して、「恐怖」「絶望」「苦悩」「運命を呪う」などの言葉を用いたが、実のところ、これでは全くその「姿」を言い表せていない。だが、今の私にはこれ以上の表現ができない。自己犠牲や利己心、戦火の中で死を目前にした人間の生命に対する思いなどを記述する言葉をもっていない私の限界なのである。これ以上を述べるには、倫理観や死生観などにおける新たな枠組となる言葉が必要なのだ。加えて、彫刻についての言葉も。

「子ども理解」もまた同様なのだ。
その子供について「語る」ためには、そのための言葉が必須なのだ。
その子供の物語に近付こうとするということは、教師がその子供とともに、その子供の物語を紡ぐことにほかならない。
ゆえに必要なのは、その物語を紡ぐ言葉である。
だから教師は、その子供が語る言葉を聴き、またその姿を表すための言葉を探す。
つまり、「子ども理解」とは、その子供の物語を綴る言葉を探し続けることなのだ。

そしてその過程では、ロダンがやってのけたように、それまでの一義的・慣習的な子供像を打ち壊していくのである。
それは、教師にとって制度的な「子ども理解」の言葉を暴き、それに従属していた自身を省察していく行為ではあるが、新たな言葉の獲得は、また別のものを隠してしまう。それが物事を捉える枠組みのもつ必然性だ。
また、認識論的に、その子供自身が紡いでいる物語と全く同じ物語を教師が著すことは永久に不可能である。
だが、「物語」は書き換えが可能だ。
だから教師は、果てしのない「子ども理解」という営みを続けることになる。
そこへと教師を駆り立てるものは、使命感や矜持というよりも、教師としての生きることに何かを見つけたいという生への衝動、つまり子供と共に著す自らの物語の追求なのだろうと思う。

(参考文献)
・上野千鶴子編 2001『構築主義とは何か』勁草書房
・鈴木卓治他編 2024『教育の新たな”物語り”の探求』書肆クラルテ発行