ポテチの塩の部分だけ舐めて生きてた時の話。笑


"こんなこと漫画とか映画の世界やん!"って
思うような出来事が自分の身にふりかかるなんて
思ってもみなかった

例えば日本で病気になったら
まず第一に安心安全の家がある。

家にはクーラーも、テレビも、
食べ物も、コンビニも、病院も
そして少し離れてたとしても
誰かしらは助けてくれる家族友達がいる

そんな当たり前な環境が
いかに幸せなことなのか。。

そのことが皆さんに
ヒシヒシと伝わるお話をさせて頂きたい、笑




当時、私は22.23歳?
ひとりでバックパックを背負いながら
東南アジアを一人旅していた時のこと。

ロン島というカンボジアにある秘境。
シアヌークビルから船で渡ったところにある。

当時のロン島は
開発もされておらず大きいホテルもない。

大体の宿は
バンガローかドミトリーのような
本当にバックパッカー専用の宿ばかり

私はとりあえずとっても貧乏旅だったこともあり
安くて個室の部屋を探し発見。

そこは木で出来ており
1階はレストラン
2階は宿という作り

多国籍の人が多くてここはカンボジアだけど
カンボジアじゃない異空間な場所だった


私の部屋は
ベットが1つに虫除けの網がベットを囲む感じのやつに
(トトロのメイとサツキの寝る時みたいなやつ)
後、机が一つ。服掛ける棚が一つ。

まず最初に思ったこと。
"床きちゃな!!!!!"

床は砂まみれで
謎の液体がそこらじゅうにべちゃべちゃ。笑

ベッドもシーツが
おばあちゃんちの古いタンスから出てきた
カビくさい柄柄のシーツ

ベッドに行くたびに足にこびりついた砂が
ベッドにあがるあがる。笑

ベッドも砂だらけで
とりあえずひたすら私は砂にまみれていた


そんなこんなでまずシャワー
シャワーはみんなで共有やったら

え?シャワーめっちゃチョロチョロで
塩水&冷水

まぁでも心の中は
まぁまぁ安宿やし我慢しよーって
ここのロン島が楽しみでワクワクが止まらんかった

シャワーも終わって
まずは腹ごしらえやな!と思い
そこら辺の屋台のヌードル注文

味はまぁまぁって感じ
タイのヌードルの辛さを抜いたヌードルが
カンボジアのヌードルみたいな感じ

とりあえずそれ食べて
ビーチでゴロゴロしにいく


人も全然おらんし、静かやし、海は綺麗やし
ああ最高やなああ
って思ってるのも束の間。。


なんかお腹に違和感。
お腹がずっとギュルギュル
いかにもお腹が
"おい!何食ってんねん!"って叫んでた笑

トイレ行ったら、案の定お腹下す
そして謎の嘔吐


はい、はい、でたー
食中毒の症状


今まで結構いろんなもの屋台で食べてきて
全然あたらへんかったから
自分のお腹を信用しすぎてた。笑

とりあえず水いっぱい飲んで寝るけど
夜中、熱が上がる、、


クーラーはないし
汗はダラダラ

汗を流すために入るシャワーも冷水やから
お腹がまたギュルギュル叫びだす笑

隣からはバックパッカーのカップルが
いちゃついてる声


そしてトイレを持ち歩かせくださいと言いたくなるほどの下痢!!!


トイレいってもずっとお腹の張り。


昼間は35度くらいの蒸し暑い部屋で
汗かきながらうなされる。


宿の人に病院聞くも、島を出ないとないとのこと。

今船に何時間も揺らされる体力ないし
まず常にトイレがそばにないとアカンすぎた


食べ物は食べれず
ポテトチップスの塩分と水をひたすら飲む。


泣きながらお母さんに電話し
友達に電話し
一人旅の洗礼を受けま


この期間が一週間。。笑

私はここで一人で息絶えるのかー
まだまだ旅したかったなあ
一人旅出る前に家族に
あんなに大丈夫やから!と振り切って
やる気満々で家出たのに
なんやこの有様は、、とか
いろんなことが頭にめぐる


一週間経ち、ある日
ピタッと症状が軽くなり元気に!笑

あの地獄の日々はなんだったんだー、と思いながら
早速ルンルンで海へ出かける。  
ドキドキでとりあえずまた食べ物を食べなくちゃと
あの時とはまた違うご飯屋さんへ

当時の記憶が曖昧やけど
食べたものはカンボジアフードではなく
イタリアンやったと思う。

ピザがめちゃめちゃうまかった
病み上がりピザ。

もうなんでもええから
お腹に食料をいれてあげたかった!笑

私のお腹頑張ってくれてありがとう。


そんなこんなで夜、
宿のシェアスペースで座っていると
一人のカンボジアの男の子が声かけてきた

一連の私の一週間の話をすると
彼は、
え?病院はないけど薬局なら隣にあるよ
と言っていた

私は唖然。笑
最初っからおしえてくれよ!!!!
関西弁で、なんやそれ!!!!
ってリアクションが出たくらい


もっと早くに薬を飲んでいれば、、

が頭にぐるぐるしたけども
結果、やっぱり人は一人じゃ生きていけないね

改めて一人旅の大変さと怖さと
日本という安心安全で家族、友達がいるありがたさを
思い知った私の忍耐力が試された思い出の話でした。


日本に戻ってから私は病気にかかっても
この時のことを思い出すと
あ、大丈夫やわ
と思えるくらい病気というものの捉え方に強くなった。笑


日本。サイコー

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