伊勢神宮で『初穂曳』がありました。
今年の10月15〜17日に
『初穂曳』という伊勢神宮関連の
世界に誇りる奉納行事が行われました。
この行事は
五穀豊穣に感謝する「神嘗祭」を祝うために行われ
その年に取れた新米を伊勢神宮に捧げるために
市民が参加する行事です。
(見るだけなら全然地域外の人でも大丈夫ですよ。)
毎年行われていたのですが、コロナの影響で
大きな規模で開催できたのは久しぶりでした。
今年は約700人が新米を載せた「奉曳車(ほうえいしゃ)」を引いて市内を練り歩き、「エンヤ」という威勢の良いかけ声が伊勢の町に響いていました。
『初穂曳』は『神嘗祭(かんなめさい)』という
国家の安泰や国民の幸せを祈る宮中祭祀の一つのお祭り(行事)の
準備イベントだという感じです。
神嘗祭は、天照大御神に対し、その年に収穫された新しい穀物(初穂)を捧げて感謝する祭事です。
他にも御園祭(みそのさい)など
伊勢神宮では年間1500以上もの祭事が行われています。
神嘗祭に附属するお祭りは多く、
神嘗祭を中心に年中さまざまなお祭りが行われています。
なので普通は宮中祭祀には一般市民は参加ができませんが
神嘗祭を行うための穀物を運ぶ『初穂曳』には
一般市民でも参加ができるのです。
神嘗祭の歴史としましては、
天孫瓊瓊杵尊(てんそんににぎのみこと)が
皇祖天照大神から稲穂を授かり、
地上に降って稲作を始めたとする神話があります。
神嘗祭で天照大御神へ穀物を捧げるのは、この神話に由来するものです。
なので穀物の奉納なので、
初日の開催ではまず『外宮』に奉納します。
この時点で『ん?』となる方のために説明しますと
伊勢神宮は2つ伊勢市内にあります。
おかげ横丁が近くにあって盛り上がっているのは
『皇大神宮』一般的に『内宮(ないくう)』と呼ばれている神社
伊勢市駅から近い、外宮参道を抜けたとことにあるのは
『豊受大神宮』一般的に『外宮(げくう)』と呼ばれている神社
の2つがあります。
内宮は天照大御神を祀り、
外宮は豊受大御神を祀っています。
天照大御神はわが国で最も貴く、国家の最高神とされています。
豊受大御神は食物・穀物を司る神で、衣食住、広く産業の守護神としてあがめられています。
なので、なんとなくですが
外宮は天照大神の食事処、台所のイメージだと思ってもらえればと、
私の会社も昔は外宮の目の前にあったので、とても親しみ深く
特に外宮の方が地元民から愛されている場所な感じはしますね。
外宮は穀物などの衣食住の神様なのでまずそちらに初穂を奉納します。
2日目に内宮に奉納しに行きますね。
また『年中行事秘抄』によれば、神嘗祭が始まったのは、伊勢神宮を創建した垂仁天皇の時代とされています。室町時代中期には戦乱により一時中断していましたが、1647年に再び行われるようになりました。
とまあ大体の説明はこれくらいにして、
私も久しぶりに観に行くことができて面白かったです。
前回の式年遷宮では私の祖父が地域の団長を務めて
色々と行事をしていたので、伊勢神宮の行事は思い出深いものがあります。
しかし、行ってみて思ったことは
こんなにも伊勢参りブームが起こっているのですが、
初穂曳をみにきている人たちはほとんど地元民で
観光客っぽい動きをする人が全くおらずと言った感じでした。
結構見れたらラッキーなイベントなんですがね。。。
まあなんで市民がこのようなイベントに昔から参加できるのか
これは、私の固定記事にしている
"#36 面白い『伊勢うどん』ヒストリー"にも
少し書いてあることなのですが
昔から伊勢神宮の領土内に住む農民(一般市民)は
年貢を納めなくて良かったようです。
なので、
『君たち暇なんだから、運ぶの手伝ってよ。』
と言われた感じで、行っていたそうです。
(地元企業の人に聞いたところではですけどね。)
まあ、普通に考えて
食べるのがやっとの思いをしていた昔の時代に
こんな行事を何年も一般市民に任せられるって
よっぽど豊かな街じゃないとできないですよね。
なんかエジプトのピラミッド作る話みたく感じます。
この記事を書こうと思った時に
初穂曳や神嘗祭について調べようとしたら
インターネットではあまり、情報が少なく
尚且つこの祭事に対しての宣伝も伊勢市の自治体が
地元民向けにしかあまりしていなかったので、
地域外の方が伊勢神宮または伊勢志摩のこのような
神聖でレアな行事の情報や解説を今後もしていこうかなと思います。
『一生に一度はお伊勢参り』ぜひ皆さんもいらしてくださいね!