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《短編小説》たけとり

《いまは昔、竹取の翁といふもの有けり。 野山にまじりて竹を取りつゝ、よろづの事に使ひけり。》

 翁とその妻が暮らしていた。二人に子はなかったが二人は仲睦まじく暮らしていた。翁は心優しく、また妻も翁を慕っていた。

 翁には秘密があった。夜毎、竹林に出向きそこで若い女と遊んでいた。
「夜風にあたってくる」と言って、ふらふらと竹林に踏み入る。妻も初めは何も疑ってはいなかった。しかしある夜、帰りが遅い翁を心配して竹林に入った。蒼白い月明かりを頼りに竹林の奥へと歩を進めると「次はいつかの。な、いつ会えるかのう」と甘えるような翁の声が聞こえた。恐る恐る茂みの影から声の方見やると、笹の葉が敷き詰められたその上に、殆ど裸の身体に羽衣を纏った若い女の白い腿に頭を沈めて悶えている翁がいて月明かりが二人を照らしていた。
「のう、いつじゃ。次はいつじゃあ」まるで童のように転げている。翁の妻が怒りよりも恐怖に身を震わせていると、女は湿った息を漏らしながら「また……月のきれいなよるに」ねっとりした声で呟いた。

 毎夜毎晩、月が鮮やかに蒼白く輝く晩に翁は竹林に入る。そして、美しい女と肌を重ねる。久しく忘れていた瑞々しくも貼りのある女の肌、唇、乳房、肩、腰、脚。若い頃の妻にもなかったであろう艶と色、肢体。翁は獣の如く女の身体にしがみつく。
「、っつ」女が声をあげた。その赤い唇とは別の赤い液体が垂れて白い肌に垂れた。昂ぶるあまりしゃぶりついた唇の薄皮を噛み切ってしまったらしい。
「…ああ、す、すまん」翁は急に小さくなりうなだれる。
 女が何も喋らず人差し指で血を拭きる、血が僅かに滲んだ唇の傷が黄金色こがねいろに光った。そして、そこには何もなかったように傷が塞がっていた。たじろぐ翁をよそに女はねっとりとした声で語り始めた。
「昔からなの、あたし怪我、残らないの」女は翁が竹を切るために持っていたナタを右手に取り、左手の小指に振り下ろした。女は口を一文字に結んだまま悶え、第2関節で分かたれた指の断面を翁に見せた。すると先程より強く発光する。その光が指を形作り、光が落ち着くと切断の跡もなく元通りになっていた。
「ね、こんなかんじにね。だから、つよく、あたしをだいていいのよ」角砂糖に蜂蜜をかけて溶かしたように甘い声、それに誘われる蟻のように翁は女の胸に顔を埋めた。


 今にも落ちてきそうな満月の晩。翁は寝床から起き上がり、ふらふら歩いて戸に手をかけた。そこで妻は翁の頭に石で打ち据えた。「んッ」とうめき声にもならない声あげながら倒れ込んだ。妻は石を捨て足早に竹林へ向かった。翁の道具を引っ張り出す。右手にはナタ、左手にノコ。
 あの場所には、相変わらずあの女がいた。恐ろしく白い肌、この世のものとは思えなかった。女はゆっくりと緩慢に首を翁の妻に向ける。しかし、遅かった。妻は白髪を振り乱し女迫り、ナタを振り下ろす。赤い血が吹き上がる。鎖骨を砕き、深く深く切り裂く。女は叫ぶ、その叫びは笑いにも聞こえる。血で滑るナタを無理矢理首に振り下ろす。ナタを引き抜いてできた溝にノコを差し入れ引く差し入れ、引く繰り返す、何度も何度も振り下ろす。ノコとナタで細かく、細かく、細かく。その夜、竹林には肉を切り骨を断つ音が絶えなかった。

 朝、妻が戻り血がこびり付いた着物を脱ぎ湯で身体を拭いていると翁が頭を抱えながら立ち上がった。
「あ、ああ」と呻く翁近づく妻。しわくちゃの身体を隠すこともせず、先程まで身につけていた着物から何かを剥がすと翁の足元に投げつけた。翁は息を荒くしながらそれを拾う。それは、三寸ばかりの肉片だった。



《いまは昔、竹取の翁といふもの有けり。 》
あるところに翁とその妻が住んでいた。


《 野山にまじりて竹を取りつゝ、よろづの事に使ひけり。》
翁は毎日、山に入り竹を取り、日用品などを作り暮らしていた。


《その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。》
ある日、翁が竹林に入ると………一本の光る竹があった。

《あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。》
それは、あの日と同じ、あの女が見せた光と同じ黄金色こがねいろ

《それを見れば、三寸ばかりなる人いとうつくしうてゐたり。》
そこには、三寸ばかりの美しい女がいた。

《翁、竹を取るに、この子を見つけてのち後に竹とるに、 節を隔てゝよごとにこがね金ある竹を見つくる事かさなりぬ...…》

毎夜、翁は竹林に入る。そこには無数の、あの時と同じ光を放つ竹があった...…。



 


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