【ショートショート】Darker and darker.
夜、旅の僧が一人大きな木の袂に座り瞑想に耽っていると女に声が聞こえてきた。僧は修業の身、煩悩は打ち払わなくてはならない。しかし、美しい声だった。声だけ聞こえる。暑い夏の日に首筋を伝う冷たい水のような、恐ろしくも心地よい声。
僧は堪らず声を漏らした。
「どうすれば貴女を見ることができますか」
瞑っていた目を開けても一寸先も目ないほど夜の闇は深い。その闇からあの声だけが漂ってくる。
「目玉を1つ頂ければ」
僧は持っていた独鈷で目を抉り、声のする方へ投げた。
しばらくすると、夜の黒さとは対照的な白い着物を身に纏った女が現れた。美しい姿だった。恐ろしいほどの存在感があるが、あまりの美しさに姿が透き通って見える。この世のものでは無いだろうと、ひと目見て分かったが、甘い色香に犯された僧はもうどうでも良くなっていた。
「貴方に触れたいです」
「目玉を1つ頂ければ」
迷わず差し出す。
僧は両の目から流れるおびただしい血など気にもとめず、両手で女に身体を弄る。雪の様に柔らかな肌。僧は感嘆の声を漏らす。
「ああ、ああ、何と芳しい。何と心地のよい。極楽はここにあっんじゃ。んんん」手と口、足、身体の全てを使い女に纏わりつく様にもはや僧しての姿はなかった。
女は不意に男から離れ夜に溶けてしまった。
「ああ、あなたを、あなたをもう一度この眼で見たい。どうすれば、どうすれば.…..」
嘗て僧だった男の声が闇に吸い込まれていく。眼前には、ただ暗く黒い夜が横たわっている。