世界の新たなつなぎ方を創るための出島組織- 【Innovation Quest】vol.3 デジタル・デザイン・ラボ
連載企画の趣旨はこちらのnote記事にてご覧いただけます。
■デジタル・デザイン・ラボ(DD-Lab)について
デジタル・デザイン・ラボ(DD-Lab)は既存の枠にとらわれることなく新しいことに挑戦していく組織として2016年に設立されました。ラボではANA発のスタートアップであるavatar inや宇宙関連ビジネスといった今まで社内では誰も実践したことがない事業を展開しています。また、航空サービスに限らず、活動の中から新しいサービスが生まれたり、多様な人達とのコネクションをつくったりと、新しい世界のつなぎ方を創出することができれば、イノベーションに繋がるとしてさまざまな活動を実践しています。
今回は、デジタル・デザイン・ラボ設立の初期メンバーの1人であるANAホールディングスの津田さんにお話をお伺いしました。
■プロフィール
津田 佳明さん
ANA ホールディングス株式会社
グループ経営戦略室 経営企画部長
2016年に設立したデジタル・デザイン・ラボをチーフディレクターとしてリードし、2019年よりアバター準備室を設立し室長を兼任。2021年4月よりグループ経営戦略室経営企画部長を務める。
■なぜ安全第一の航空業でイノベーション?
ーまずはじめに、正確で安全第一の業界においてデジタル・デザイン・ラボを作ろうとされた経緯についてお聞かせください。
津田さん:やはり元々の航空事業としてはお客様の命を預かる仕事なので、徹底的に安全が第一で、その信頼を失うわけにはいかないです。「石橋をたたいて渡る」ということわざがありますが、渡るどころか壊しちゃうぐらいに安全にはこだわっています。
起こると悪いことばかりを想定しながら、何があっても大丈夫なように備えるのが元々のマインドセットになっているので、今までやったことがないイノベーションはどちらかというと排除したがるのです。でもそれも仕方ない。
これまではそれでもなんとかなってきましたが、ビジネスモデルやテクノロジーの進歩のペースが格段に速くなっているので、「気がついた頃には手遅れになるのではないか?」という不安感を経営陣中心に抱くようになっていました。でも、元々のマインドセットは崩せないので、通常の航空会社の業務プロセスやルールにあてはまらない別の組織を作らないと、なかなか斬新な改革や挑戦に取り組めないということがあってデジタル・デザイン・ラボができました。
ーどのような価値や刺激を期待されているのでしょうか?
津田さん:経営理念を飛行機以外で実現していきたいと思っています。
結果的にはアバターや空飛ぶクルマや宇宙といった事業を起点として検討することになったのですが、はじめは「昔は鉄の塊(飛行機)飛ばして移動していたのだよね?」と言われる時がきっとくるのではないかというところから議論を始めました。
50年前に長距離移動といえば客船に乗っていた時代に飛行機が出てくると誰も思わなかったように、人が当たり前に飛行機で移動しなくなる時代が、将来必ずやってくると思います。飛行機に取って代わるものが何なのかを考えて、それを自分たちで実現してしまいたいと、初期のメンバーで妄想していました。企業グループとして存続していくためにも、航空機輸送にとって代わるものを事業化していきたいですね。
特に今回コロナで世の中が変わってきているので、旅や移動に対する価値観も結構変化したのではないでしょうか。そこも含めて新しいつながりやつなぎ方を提供できるのではないかと思っています。
■立ち上げの困難と工夫
ー先ほど社内のマインドセットの話をされていましたが、初の試みに対する社内の反応はどのようなものだったのでしょうか?
津田さん:全社的には先ほど説明したようなマインドセットになってるので、これまでと違うものが出てきたときの反応は基本ネガティブですね。「言い訳の百貨店」とよく呼んでいるのですが、それができない理由を挙げることがすごく上手で(笑)
こういうことをやるとここに影響がある、このシステムが対応できない、この業務プロセスを変えなきゃいけない、既存のルールではできない、といったように、瞬時によくそんなに思いつくなというくらい列挙しますね。
ーそのような反対をどのように乗り越えたのでしょうか?
津田さん:とにかく外と組んでやることですね。
なぜかというと、ANAの中のマインドセットもそうなのですが、ANAには他のメーカーのようにR&D機関(注1)がなく調査研究の部隊がいないのです。CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)やアクセラレータープログラムを仕組みとして持っているわけでもないので、それまでは社内に新しいことを専門に取り組んでいる人がおらず、外に出歩かないと新しいものには出会えませんでした。
でもその代わり、しがらみも無いですね。中に研究機関があるとそこで出た成果を使わなければならないという意識がでてきてしまいますが、それがないので全方位外交で多様なパートナーと組みながら案件を推進してくることができました。
ー実際にデジタル・デザイン・ラボにはどのような方が手を挙げて参画しているのでしょうか?
津田さん:特徴としては面白いですけど、航空会社のANAよりもグループの事業会社から手が挙がることが多いです。ANAの中では、自分と同じ総合職事務系からは応募がなく、整備士やキャビンアテンダントが多いです。
あと、圧倒的に女性からの立候補が多いので、デジタル・デザイン・ラボでは意図的に男性を多くしていて、男女比1:1になるようにしています。
■イノベーションを起こすための工夫とは?
ーラボの立ち上げに際して気を付けたことや工夫したこと・既存の部署との違い・ルールなどはありますか?
津田さん:ルールで縛ると動きにくくなるので、逆にそんなにルールを持たないことになるべく気をつかいました。好きなことをやるということをベースに、メンバー全員が自分で考えて行動しています。
ですが、その中でも大切にしたい指針として3つ定めています。
1つ目は、ANAの「安心と信頼を基礎に 世界をつなぐ心の翼で 夢にあふれる未来に貢献します」という経営理念からははずれないようにやるということです。
これまで世界をつなぐ仕事はいろいろな変遷を経て、今は飛行機を使ってお客様や貨物を運ぶことを生業としています。ですが、その世界をつなぐというつなぎ方を、もう少し発想を膨らませていけば、リアルだけではなくバーチャルだったり、移動手段も飛行機だけではなかったりという考えも出てくるので、「世界をつなぐ」というところを体現するテーマにしようというのはいつも言っています。
2つ目は、すでに誰かがやっていることと同じことやっても面白くないので、できれば世界初とか日本初とか、最低限でも自分たちの仲間の中で誰もやってないことをやるということです。
3つ目が大事で、情熱を持って取り組むことです。
よくありがちなのが、アイディアを提案して、企画書を作って事業計画を考えて、どこかでプレゼンをして合格するところまでは、結構やれる人はいます。
でも実際にそのアイディアを実装していくフェーズは大変で、事業化するには本当にいっぱい汗をかかなきゃいけない。でもそこをやるイメージはあまり持たないまま、どんどん提案書にはいいことばかりを書いて、体のいいプレゼンをして終わってしまうので、結局それを誰がやるのかということになってしまいます。自分はやるつもりないと言われると、アイディアを考える人と実行する人が違う人になってしまって、実行する人に思い入れも情熱もないと、ほとんどうまくいかないですね。
なので、アイディアを提案してそれが実現したら、そこは必ず自分が先頭に立って、たとえば会社ができたら社長・CEOになるというところまで、責任持ってやるつもりでいることが大事ですね。
あとは会議をやらないようにしています。定例会議をやるとみんな端から自分の進捗報告みたいなことをやりだすのですが、一週間ではそんなに変わらないので時間がもったいないじゃないですか。その代わり、Googleカレンダーでスケジュール管理しているので、基本的に空いている時間のリクエストには断らない前提で、壁打ちの予定を入れてブレストをすることを頻繁にやるようにしています。
ーでは、いざ事業化しようとするとき、サポート体制の工夫はあるのでしょうか?
津田さん:やっぱり周りが支えるところですね。事業化にあたって必ず壁に当たっていくのでその壁を乗り越えるために周りの人が付き合えるような環境にしておくことです。
あとは、だんだんアイディアが膨らんできたら、なるべく早い段階から、事業化を意識したコミュニケーションを提案者とするようにしています。事業化の検討はスタートアップと一緒にやるケースがかなり多いです。文字だけの情報だけを見ているよりは、実際にスタートアップをビジネスパートナーとして見ながら進めているうちに、おのずと覚悟を持って臨まないといけないという意識が芽生えるような気がしますね。
ーデジタル・デザイン・ラボから事業化された具体例を教えていただけますか?
津田さん:分かりやすい例だと、アバターという遠隔操作型分身ロボットの事業があります。ANAが出資をしてavator inという会社になったのですが、もともとアイディアを温めてやりはじめた人たちが、ANAを辞めて起業しました。
あとは宇宙事業もやっているのですが、収益をあげて自分たちで食べていけるようになるには、これからというフェーズです。デジタル・デザイン・ラボからは独立して宇宙事業チームという一つの組織を作って8人体制でやっています。最近できたところでいうと、ドローンと空飛ぶクルマのチームがあります。
■イノベーションの秘訣
ー津田様ご自身はどのような心持ちで関わっていらっしゃいますか?
津田さん:最初、1年目はすごく試行錯誤で、いろんな人に会いに行ったのですが、その中で見つけた支えにしている3つの言葉があります。
1つは、WiLの伊佐山CEOの「日本の大企業には、『黒船』を呼び込む『出島』が必要!」という言葉です。大企業がイノベーションを起こすには、既存組織からは離れて治外法権になっている「出島」が必要だということです。
もう一つは、早稲田大学の入山先生の「『チャラ男』と『根回しオヤジ』のタッグこそ、企業イノベーションの源泉だ!」という言葉です。チャラ男は結構アウトプットにこだわるし、新しいものが好きだし、目立ちたがりだし、いい意味でガチャガチャ動く人です。その人が社内外の組織と軋轢を生みそうな時に、上手く上司(オヤジ)が根回しをする、という組み合わせが、大企業がイノベーションを生むために必要であるという話を聞きました。
これは言いえて妙だなと思いました。どちらかというとチャラ男で育ってきたつもりですけど、もうおじさんになったので、仕方ないから根回しオヤジをやるかと(笑)。
津田さん:もう一つは、幸福学で有名な慶應義塾大学の前野先生の仰っていた、「イノベーションを起こせる人は幸せな人!」という言葉です。少なくともマインドセットが幸せになっているような状態じゃないと、新しいことをやってみようと思いもしないので、意識的に幸せな状態をつくることが必要だと思っています。
この3つをやっておけば、あとは人さえ探してくればなんとかなるのではないかと思ってやってきました。
■ラボによって起きた変化と次の課題
ー設立から現在までラボの運営をする中で、周りへの影響や手ごたえはありましたか?
津田さん:実際に、ANAグループに収益をもたらす状態になったものがまだあるわけではないので、手ごたえや成果があるという言い方はできないですが、ただ明らかに動けるようにはなったと思っています。
今までだったら検討できずに最初から潰されてしまったのではないかという案件も、少なくとも途中でチェックポイントを設けながら進められていますし、消えてないということはそれなりに結果も出しながら進んでいると思います。
とにかく極端に言うと、「何もしなければ何も起きない」という当たり前のことですが、これが結構重要で、大企業においては何にもしないケースが意外と起きてしまうのです。
最初にアクションをすることが大事だと思うので、それがしやすい環境や組織を作ってアクションを起こせる人を集めて行動すれば、動いていくということが分かりました。
ー実際にやっている方たちのモチベーションに変化はあったのでしょうか?
津田さん:モチベーションは高いですね。
年に2回従業員満足度調査みたいなことをやるのですが、とても点数が高いです。みんな何とかものにして行かないと元の部署に戻っていくしかなくなるので、もう戻れないと思いながら、楽しみながらも必死にやっている印象です。
ーでは社内外に影響を与えられているということでしょうか?
津田さん:まだそんなにはないです。イノベーションに敏感な人たちには、かなりこの部署の認知度は高いですが、一般的に認知度はそんなに高くないかもしれないですね。
デジタル・デザイン・ラボによって新しい動きができるようになったので、次の会社のテーマとしては、そういう人たちをちゃんと評価していかないといけないというところです。
結構ハイリスクな動きを会社の中でしないといけないことになるので、その代わりにうまくいったときにハイリターンになる仕組みがないと、オペレーションを安全に上手くやっていく人の方が高い評価になってしまいます。
それだと突拍子もないことにチャレンジをしても評価されにくい状態なので、そこの評価制度を作らないといけないというのは人事も結構理解をしていて、既存領域とイノベーション領域を切り分けた制度を考えているところです。
■コロナ禍におけるラボの意義とこれからの世界のつなぎ方
ーコロナ禍において、航空業は社会変化による大きな影響を受けていると思いますがデジタル・デザイン・ラボに対する影響もあるのでしょうか?
津田さん:既存事業において投資は相当抑制をしています。飛行機も導入予定だったものを先に延ばしたり、IT投資や設備投資系も、数千億ほどの圧縮をしたりしていますね。ただ、アバターや、メタバース旅行など新たに作っているものについては、多少の投資が発生しています。
普通だったら無駄遣いするなと言われるのですが、少額で新規事業の投資枠を確保しています。とにかくまずはPoC(Proof of Concept)をやって、あまりお金を掛けないうちに早めに結論を出すようにしています。規模が大きくなってくると、投資額も大きくなってくるので人や組織、予算枠みたいなところを別枠にしておかないと継続するのは厳しいです。
あとは経営トップの理解も大事で、一気に引き締めがくるとなかなか新規案件を進めるのは難しくなりますね。でも、経営層にはコロナ禍でも新しいことをやらないといけないという意識があるので、台所事情は苦しいけれど、悩みながらも将来のために何とかやっていけるように試行錯誤しています。
ーコロナによる変化で大変な状況ということですが、こうしたコロナによる変化をどの様に捉えているのでしょうか?
津田さん:コロナは世の中に大きな影響を与えていて、まして航空業界はとても大変なことになっています。世の中の人々の移動や旅に対する価値観が結構変わったと思っています。
コロナ禍でも世の中は、経済活動を含めて完全ではなくとも成り立っているので、いま移動できない人は、移動をしなくても何とかなるということがわかってしまいました。なので、その分コロナが終わった後で移動が減ると思わなければいけないです。
一方で、もともと人間は20万年ぐらい前からずっと移動している生き物なので、本能的に移動や旅を求めています。家族や親せきに会いに行くとか、旅行に行くとかいう移動は、感染がある程度収束したら戻ってくると思います。
トータルで見れば、コロナをきっかけに新しく生まれる移動や旅を作っていかないと、会社の事業規模が減ってしまうという切り口でメンバーも考えています。例えば都会では密な状態を避けたがる傾向があるので、地方での仕事や暮らしが注目されて、都会と地方の複数拠点を行き来するような、多拠点生活に拍車がかかってくると思うんです。そのため関係人口の拡大のようなところが取り組むべきテーマかなと思っています。
さらに、実際に物理的に移動できないケースが多くなってきている中で、移動に近い体験価値がある旅を提供できないかという観点から、メタバース旅行もいま開発しているところです。アバターについても今までにない新しいバーチャル体験を作っていくところに力を入れています。
ーご自身としてこれから取り組みたいテーマはあるでしょうか?
津田さん:私自身のアイデアではないのですが、デジタル・デザイン・ラボの時に取り掛かった案件で、「可愛い子には旅をさせろ」ということわざをアカデミックに実証したものはあまりないので、それを本当にやってみたいというところですね。
自分が現地に行って、そこで仕事をしている人や暮らしている人の声を聞いて一次情報を得るために、自分と違う境遇にある人たちとのコミュニケーションを、なるべく若いうちにすることがすごく大事だと思っています。
このことわざをアカデミックの側面からちゃんと立証しながら、子供たちが行ったことがない地域にどんどん送っていく動きを作りたいなと思って、「旅と学びの協議会」を立ち上げています。
これまでもあった修学旅行は、授業料とは別に積立をしてみんなで一緒にどこかに行くものでした。そうではなく、教育の中に旅が入っている、授業の一環としてどこかに行ってくるような、旅×教育の新しい事業を創りたいです。
インタビューを終えて
引き続き、イノベーション創出に取り組む日本企業に突撃取材します。
次回もお楽しみに。
メインインタビュアー・ライター:松谷 春花(まつや はるか)
2021年度 i.school 通年プログラム修了生、現 i.school インターン
東京大学文学部人文学科美学芸術学専修課程 B4
サブインタビュアー:豊嶋 駿介(とよしま しゅんすけ)
2021年度 i.school 通年プログラム修了生、現 i.school インターン
東京大学教養学部超域文化科学分科現代思想コース B3
撮影:i.lab佐藤邦彦(さとう くにひこ)
デザイン: i.lab 井上麻由(いのうえ まゆ)
<企画・運営>
【Innovation Quest】は、イノベーション教育プログラム「i.school」とイノベーション・デザインファーム「i.lab」の共同プロジェクトです。