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グローバルナンバーワンが目指す新たな協創の形とは-【Innovation Quest】vol.6 ダイキン工業株式会社 テクノロジー・イノベーションセンター(TIC)〈前編〉

2021年度秋より、イノベーション現場のリアルを知るべく、i.school生がアクセラレーションプログラム/イノベーションセンターを展開する企業へインタビューを行う連載企画【Innovation Quest】連載をスタートしました!今回はvol.6として、ダイキン工業株式会社さんにお邪魔しましたので、その様子を前編/後編に分けてお届けします。

<後編>の記事はこちらからご覧いただけます。

連載企画の趣旨はこちらのnote記事にてご覧いただけます。

目次
■テクノロジー・イノベーションセンター(TIC)について
■TIC設立の経緯
■TICの役割と協創コラボレーションの実績
■設立にあたり参考にした事例や拠点
■オープンでコラボレーティブな姿勢の醸成
■今後の展望と課題

■テクノロジー・イノベーションセンター(TIC)について

2015年11月に設立した「テクノロジー・イノベーションセンター(TIC)」では、技術開発のコア拠点として、世界最先端の実験設備、オープン&フラットな執務スペース、社内外の交流を促進させる協創エリアなどを完備。社内外にて協創することでイノベーション創出を加速します。

ダイキン工業株式会社公式HPより

■プロフィール

喜多 雄一さん
ダイキン工業株式会社
テクノロジー・イノベーションセンター 戦略室室長/技術戦略担当

三谷 太郎さん
ダイキン工業株式会社
テクノロジー・イノベーションセンター 副センター長 兼 CVC室長

■TIC設立の経緯

ー2015年にTICを立ち上げてから今年で8年目になりますが、立ち上げの経緯とこれまでのプロセスについてお伺いいたします。

喜多さん:当社は今まで空調機「うるるとさらら」※といった代表商品をもとにグローバルに成長してきました。その後なかなか新しい技術や商品を生み出せない時期があり、新しい技術開発拠点を設立することになりました。

従来、各工場に併設されていた開発拠点は、オープンイノベーションの雰囲気はありませんでした。例えば、社外の人は立ち入り禁止、多くの机が並んだ事務所で、技術者がCADで図面を引いて、施策・実験をしているという開発環境でした。また、住宅用空調や業務用空調など各分野の技術者がそれぞれの拠点に散らばっていました。そこで、各拠点を残しながら、技術者の半分をTICヘ移すことで、外部と積極的に協創し次世代技術を開発するためのオープンイノベーション環境を整備してきました。

ー当初TICに求められていた役割とはどういったものだったのでしょうか。

喜多さん:立ち上げの際に意識したことは、TICは他社でいうところの中央研究所ではなく、あくまで「イノベーション・センター」である、ということです。技術でのナンバーワンを目指すとともに、それを「事業として具現化」し、「市場に投入」し、「社会実装」することを意識して取り組んでいます。またTICは海外の開発拠点と日本の開発拠点が連携して開発した技術を、グローバルの各地域に展開するコントロールタワーの役割も担っています。

三谷さん:ダイキン工業は2010年に空調業界でグローバルナンバーワンになりました。それまではトップ企業に追いつくことが目標でしたが、2011年以降は空調業界をリードする立場として次の方向性を模索していくため他社と協創して新しい知見を取り入れるオープンイノベーションを重視する方向に大きく舵をきりました。

―2010年にグローバルナンバーワンになられたとのことですが、その後、空調業界で事業環境の変化はありましたか。

喜多さん:中国、アメリカ、ヨーロッパでは引き続きライバル企業との厳しい競争が続きました。さらにヨーロッパでは、冷媒に対する環境規制を強めており、空調機に破壊的技術革新を求めていました。

今でこそダイキン工業は時価総額8兆円まで行きましたが、当時はその半分もなく他社に買収される危険性もありました。グローバル競争においてダイキンが勝ち残るには技術しかない、という経営層の強い危機感がありました。

■TICの役割・協創やコラボレーションの実績

―センターの役割として、当初想定していた狙いと異なることや、新しい試みとして成果を上げた事例があればぜひお聞かせください。

喜多さん:最初は外部の企業や大学と協創する経験値を持ち合わせておりませんでした。私自身もここに来て一年ほど、様々な企業やベンチャーと話しましたが、何を議論したら良いか分からず、試行錯誤しておりました。ベンチャーと組むためには、早い段階で資金を投入する必要もありCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)も必要でした。現在は数百の協創テーマが走っており、最近、いくつか外部コラボレーションの成果が出始めてきたところです。少しずつ外部から新しいことを取り入れられる環境に変化してきたと思っています。

喜多さん:設立当時は、「TICは観光名所だ」と言われるほど、海外拠点含め様々なお客さまが来ていました。今は少しずつ落ち着いてきて、お客様が技術者と直接話をし、「一緒にやりましょう」と戦略的に取り組める循環ができています。環境規制の団体やその関連の専門家の人たちにも定期的に来訪頂いており、少しずつ設立当初の目的に近づいてきたと感じています。

ー大学との連携や共同研究としては具体的にどんな事例がありますか。

喜多さん:たとえば東京大学との包括連携のように、大学と個別契約で共同研究するだけではなく、組織対組織の大きな取り組みをしております。目の前にある技術課題を解決するためだけではなく、ダイキン工業にとって将来に向けて取り組まなければいけないこと、新たに解くべき問いや課題の創出にもご協力いただいております。

大学には自然科学・社会科学系・人文科学系含め様々な先生がいらっしゃいますが、ディスカッションを通じて先生の知恵を吸収し、社内では創り出せないテーマや課題を設定することがとても大切です。そこから、トップ同士で議論した上で、技術開発テーマや人材育成テーマ、また海外拠点や工場を利用したテーマなどと様々な展開をしています。大学ごとに特徴があり、先方のご要望もありますので、一校一校丁寧にお話をしながら協創しています。

ー「問いを見つける」という点が大学との連携に求められているのですね。

喜多さん:先生方と話すと、自分たちが日頃いかに空調機のことしか考えていないか、視野の狭さに気づかされます。全く違う視点でのご提案やご指摘をいただくので「そういう観点もあるのか」「そういうことを考えなければいけないのか」などの気づきがあります。

ー企業間の連携などについて、活動の実績はおありでしょうか。

喜多さん:企業同士の産産連携は多く実施しています。企業同士の協業はシンプルに、お互いのコア技術の強みを足し算したときに、何ができるかを最初に話をして、それに基づいて協業のテーマを決めています。

そのほか、技術交流会を年2回ほど定期的に実施しています。お互いの技術者と研究開発部門の責任者が集まって、「次にこういうテーマをやってみたい」や、「共同で行っているテーマに関する進捗はどうか」など、ストップ&ゴーの判断や方針の変更、事業投入の判断などのディスカッションを行っています。その過程の中で、事業成果に繋げていくために互いの強みを生かしたアイデア創出のディスカッションを繰り返していきます。またお互いの企業戦略や人材育成、事業の方向性などについて情報交換できることも重要で、その時に得た示唆は会社の経営に取り入れています。この企業間連携の窓口もTICが担っており、人手が足りなくて困っています(笑)。

■設立にあたり参考にした事例や拠点

ーTIC設立にあたり参考にした企業があれば教えてください。

喜多さん:TICでは直接、技術を目の前で見ていただいた上で、協業の打ち合わせをするという特徴があります。参考にしたのは、オムロンの京阪奈イノベーションセンタです。2000年頃に施設の見学をさせていただき、こういった場所がダイキンにも必要だと考えました。またTIC設立後も、富士フイルム、旭化成、村田製作所など参考にさせていただきました。企業のトップ同士の交流も含め、イノベーションをどのように経営に取り入れていくか、様々に情報交換しています。

―そういった情報交換が、実際の現場の仕組みや取り組みにどのように反映されているでしょうか。

喜多さん:オープンイノベーションを進めていく上で、どのような体制や人材が必要か、またどのように相手を説得していくか、その時々に発生する契約をどのように処理していくか、必要なプロセスを一から参考にさせていただきました。

■オープンでコラボレーティブな姿勢の醸成

ー情報をオープンにしすぎることによる弊害やデメリットについてはいかがお考えですか。

喜多さん:お互い信頼した状態でないと協創はうまくいかないと考えているので、あえてお互いの技術をできるだけオープンに見せて、ギリギリまで踏み込む度胸でやっています。社外発表する際には、社内のルールに従っていますので、問題は基本的に全てクリアしています。

ーオープンな風土と協創価値の重要性は、社内でどのように生まれ、醸成されてきたのでしょうか。

喜多さん:これまでの技術者はオープンにしたがらない傾向にありました。だからこそ、私たちが先頭に立ってオープンな風土を推進していく必要があると考え、お客さまがいらした時は事務所や実験室などもご覧いただくようにしています。それで全てが伝わってしまうほど、技術は浅いものではないとも自負しています。「ここまで見せてくれるのか」とお客さまに思っていただけたら、お客さまも安心して話をしてくれるのではないでしょうか。

また、TICには来客用食堂があり、技術交流や打ち合わせが終わった後に、お酒を飲みながら自由闊達にお話をしていただけるような空気づくりをしています(笑)。会議室でいくら議論を重ねても、堅い内容の話にしかなりません。リラックスした場所で、フランクに会話できるのが、協創において一番大事なことだと思います。このことは、先進企業から学ばせていただきました。ベンチャー企業の社長は、飲みニケーションがとてもお上手です。懇親会でご一緒しているとお話が非常に上手でたいへん勉強になります。

ー外部協創が生まれるようになったことによる社内意識の変化がありましたら教えてください。

三谷さん:何をしていくかを模索するフェーズから、社内をどう巻き込むかが少しずつ見えてきたフェーズに入ったと思います。また成果に対するアプローチを強く意識することが求められてきました。まだ発展途上ではありますが、少しずつ前に進みながら、新しい組織としてのあり方の共通認識ができてきたのではないでしょうか。

喜多さん:技術者一人ひとりがもっと技術力を磨き、コミュニケーション力を底上げするための様々な教育プログラムを提供しています。これだけ環境変化が激しい中で、より卓越したアイデアを創発し、的確に未来を予見して動ける人材を増やしていきたいと思っています。

■今後の展望と課題

喜多さん:現在一番痛感しているのは、TICは何をするところか、もっと積極的に情報発信していかなければならないということです。社内・社外ともに、TICに興味関心を持ってもらい、多くの人を惹きつけるべくPRしていく必要があると思っています。

三谷さん:TICは社内協創も非常に重視しており、設立当初は我々も新テーマを取り上げてやってきました。しかし実際には、社内にあまり浸透していないことを課題に感じています。特にこの数年間、コロナで人的交流の制約がありましたので、役員に報告するフォーマルなものから、カジュアルでフラットな社員間のコミュニケーションまで、両面からの情報発信が必要です。加えて、オンラインで発信していく方法も考えています。「こんなことをして、こんな成果が出ました。さらに大きくするためのアイデアを下さい」などと、TICから全社に向けて情報発信しています。これにより次の新しい取り組みにつながる動きも少しずつ出てきており、全社へのコミュニケーションは非常に重要だなと、改めて認識しています。

―社内への情報発信が重要だということですが、社外に対しての情報発信の取り組みについて教えていただけますか。

三谷さん:TICが考えている方向性や経営計画はできるかぎりオープンに外部に情報発信しています。積極的に発信することで、社外から思いもつかないような提案を受けることに価値があると思っています。また新しい協業があればその都度プレスリリースを発信し、多くの方にTICに来ていただくため技術交流会なども開催しています。

喜多さん:戦略や取り組んでいる技術内容を説明するだけでなく、それらに取り組む技術者個人にフォーカスを当て、紹介しています。会社の魅力、技術の魅力に加え、人の魅力も訴え、ダイキン工業やTICにもっと興味を持ってもらうべく、今一生懸命頑張っています。

―今後このTICの進む方向についての展望があればお聞かせください。

喜多さん:「両利きの経営」と言われるように直近で成果を出しながら十年先の成果も追い求めないと事業継続が難しくなるリスクがある、そこを常に意識して活動することが大事と感じています。また現在の脱炭素化を目指す社会の中で生き残るために、今すぐやるべきことと将来に向けて種を撒いておかなければいけないことが多くあり、その優先順位づけも含めて、世の中の変化を先読みするリサーチ力を上げていきたいと思っています。

当社の強みの一つに、グローバル工場と営業部隊から、海外の規制や政策の動向などに関する情報が政府よりも早く入ることがあります。この強みを生かしながら次の一手を迅速に、技術開発に生かしていきたいと考えております。各地域がバラバラに動くと統率が取れなくなるので、TICがコントロールセンターとして手綱を引いて、連携していくことが非常に大事だと思っております。

※ 業界初の無給水加湿技術による加湿機能を搭載した空調機

ー大変名残惜しいですが、お時間も迫って参りましたのでこのあたりでインタビューを終えたいと思います。

左からダイキン工業株式会社三谷 太郎さん、喜多 雄一さん

インタビュー対談は感染症対策のため、オンラインによって実施いたしました。

次回、<後編>技術起点のイノベーションを社会実装する過程で価値獲得を目指す-【Innovation Quest】vol.6 DK-Power株式会社〈後編〉では、以下のお話が続きます!
■株式会社DK-Power設立の経緯
■モーターを活用した新たな水力発電とは
■技術を未来のニーズと結びつけてビジネスにする
■地道な営業戦略と価値獲得の重要性
■DK-Powerの目指す展望とダイキンへの接続
ぜひご覧ください。

メインインタビュアー・ライター:安藤 智博(あんどう ちひろ)
2021年度 i.school 通年プログラム修了生
i.schoolプロジェクトアシスタント

<企画・運営>

【Innovation Quest】は、イノベーション教育プログラム「i.school」とイノベーション・デザインファーム「i.lab」の共同プロジェクトです。

i.schoolとは

i.schoolは、東京大学 社会基盤学専攻教授・堀井秀之が2009年に始めたイノベーション教育プログラムです。社会の価値観を塗り替えるイノベーションを本気で起こしたいと考える学生が、アイディア創出法を体系的に学びます。単位も学位も出ませんが、毎年優秀な学生が幅広く集まっています。修了生は200名以上にのぼります。

i.labとは

i.lab は、イノベーション創出・実現のためのコンサルティングファームです。東京大学i.school ディレクター陣によって2011 年に創業されました。i.lab は、東京大学i.school が世界中のイノベーション教育機関や専門機関の知見を発展的に活用しながら独自進化させてきたアイデア創出やマネジメントの方法論を活用して、コンサルティングサービスを提供します。


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