休んだっていいじゃない?〜我が家の不登校のはなし その② 母が支えられたこと〜
2023年6月から2024年4月の新学期まで学校を休んでいた息子と、その日々の記録です。
今回は、試行錯誤(右往左往とも言う)した私の心を支えてくれたことの記録。
学校へ行けなくなった息子の話、大きな流れの記録は前回の記事に。
自営✖️在宅ワークだったから、なんとかなった
子どもが毎日家にいる、という日々は、息子がひとりでも過ごせる年齢だったこと、私が自営業で仕事のスケジュール調節がきいたから成り立ったけれど、子どもの年齢や勤務状況によっては働き続けられない可能性もあったなぁ、なんて思いながら過ごしていた。
毎朝、一応登校に間に合いそうな時間に起きてくる息子に「今日はどうする?」と聞き、学校へ欠席連絡をする日々。
せめてもの救いだったのは、アプリでの欠席連絡ができるようになっていたこと。これが電話だったら多分早々に心が折れていたと思う。
そして、小学校低学年の娘を送り出して、息子と家にふたりの時間スタート。
家事が終わったら、私は別の部屋で仕事。
昼には何かしら用意して(しばらくは胃腸に優しい物限定)、ふたりで「昼めし旅」を観ながら食べ、私は再び仕事へ戻り、息子は自由時間。
もしも小学校低学年だったら、ひとりで自由時間を満喫してもらうなんて難しい……。
助けてくれたのは何よりも友人たち
日々たまっていく不安にストレス。それを解消するためには外に出て話をするしかない!
幸いなことに、息子自身が「学校を休んでいることは全く恥ずかしいことではない」と言っていたこともあって、私もどんどん情報開示して相談をした。
同じ悩みを抱える知り合いや、経験者がいたら紹介してもらって会いに行った。
私の周りの友人たちが誰一人として原因を解明しようとはせずに、息子の状態を受け入れて話をしてくれたことが何よりの救いだった。
「中学受験が重かった?」
「塾通いで燃え尽きた?」
「あの時の揉め事が今さら原因に?」
「厳しく育てすぎた?」
「離乳食がいけなかった?」
「母乳にこだわりすぎたから?」
と、学校へ行けなくなった原因を徹底的に考えて、あり得ないところまでさかのぼって理由のひとつに挙げて検討しては、当然答えは出ずにため息をつく。
それを、お風呂で、トイレで、料理をしながら……と何度繰り返したことか。
そんな状態で「あれが原因なんじゃない?」と言われることほど辛いものはない。
「ちょっと休憩なんだね」
「学校に行くか行かないか、そんなのはたいしたことじゃない、同義語だ」
「〇〇なら絶対大丈夫だと、私は思うよ」
どれも、友だちがかけてくれた言葉。
苦しくなると誰かに声をかけて外に出て話を聞いてもらう。そんな逃げ場があったから、何とか乗り越えられたんだと思う。
支えになった本やらメディアやら
自分で情報収集する中で「出会えてよかった」と思うものも記録しておきたいと思う。
聞いてよかった!と思ったもののひとつが、LITALICO主催のウェビナーで、『不登校新聞』の元編集長、石井志昂さんの話。
不登校の子を見守る苦しさのひとつが「いつ終わるのかわからない」ことだったのだけれど、心が回復するまでのステップや、その時々での子どもとの向き合い方、「徹底して休息を取らせる」「SOSは言葉にならない」「どんな道を選んでも大丈夫、と思えるように情報収集しておく」など、なるほど……と思う情報が得られたのはこのウェビナーだった。
質問タイムで、一日中ONEPIECEの話ばかりしている息子のことを拾ってくださったのが、今となってはいい思い出。
本もあれこれ読んだけれど、今手元に残っているものを。
鳥羽和久さんのことを最初に知ったのは推し活を通してだったのだけれど、大人なのに徹底的に子どもの立場で、親にグサリと刺さる言葉ばかりが繰り出される本は、受験期もその後も何度も立ち返らせてもらっている。
これ以外の本もおすすめ。
しらみつぶしに原因を探っていたとき、「自尊心」の壁にもぶつかり「自尊感情が低いってどういうこと?」と思いつつ、図書館で借りて結局自分でも購入したのがこれ。
淡々と語られる、エッセイのような本で「焦ってもしょうがないんだな」とふと腑に落ちたのがこの本を読んだあとだった。
スクールカウンセラーの面談は行くのが辛いけど
スクールカウンセラーの先生とも、定期的に面談をしていた。息子は断固として学校へは行かなかったので私だけで。
毎回だいたい1時間の面談で、家での様子、変わったこと、気になっていることなどをつらつらと。
学校へ向かう途中で出会う、制服姿の子どもたち、部活中の子どもたち、その姿を見るのが辛かったなぁ。
面談で分かったのは、私自身が弱音を吐くのが苦手ということ。(そしてこれは息子も似ている。)
友達相手なら「辛い~」と言えるけれど、学校とつながっているからか?「大丈夫です!」という姿勢をどうしても崩せない。
でも、学校の中の様子をたくさんご存知の先生ということで、過去の話や最近の動向、この先のことなどを聞くことができたのは貴重な機会だったと思っている。
子どもが学校へ行かない、そんな状況はいつ何時起きるか全くわからない。そして、その渦中にある最初の数ヶ月が本当に辛かった。
子どものエネルギー回復のためにも、母の健康は死守すべき。
無理やりでも、外に出る。
そして休むこと。辛い時は休んでもいい、ダラダラしていい、それを大人が見せないと、特に息子のようなくそ真面目タイプは休めないし、休み方がわからないのかもしれないな……と思っている。
何とか、自分のエネルギーを溜めて登校を始められた息子。
今改めて、毎日登校してくれる日々のありがたさを実感しつつも、新たな心配事がとめどなく出てくる。
今はまだ「いい経験だったよね」なんて軽はずみには言えないし、これからも大なり小なり何かしらの波がやってくるんだろう。
でも、何がきても受け止めよう、と腹をくくれるくらいには、強くなった気がする。