秋の匂い
散歩のしやすい季節になってきた。
うだるような暑さが去り、凍えるような寒さが訪れる前の気候。この気温、好きだなぁと思いながら歩いている。
汗っかきな自分は散歩のしやすい季節になってきた。
汗っかきな自分は夏が苦手である。
すぐに汗は噴き出してくるし、5分も経ったらTシャツの色が変わるくらい濡れる。着衣のままシャワーを浴びたのか?と勘違いされるくらい体中の水分が外に放出される。
寒いのも嫌なのである。厚着をすると歩きにくい。少し薄くするとお腹が痛くなる。お腹が弱いから冷えると胃腸が暴れだす。腹痛の苦痛が簡単に訪れる季節が冬である。
暑さと湿度をどこかへ連れ去り、どことなく寂しさを感じさせる季節の一歩手前、それが秋である。
汗をびしょびしょにかかせる気温ではなく、肌を刺すような刺激的な寒さでもない。肌寒い、くらいがちょうどいい。
最近、金木犀の匂いが好きだ。
ずっと前から好きな訳ではなく、つい最近なのだけれど何かきっかけがあった訳でもない。気付いたら好きになっていた。
初めて金木犀の存在を意識したのは、多分、高校生のときだ。自転車で通学していたのだが、高校の駐輪場を出入口に金木犀の木が3本くらい植えてあった。
秋ごろになると、登下校の際に必ず甘い匂いを嗅いだ。
住宅街の中にある高校に通っていた為、近所で干してある洗剤の匂いが香ってきているのだと思っていた。だが、そうだとしてもやけに匂いが強く感じる。駐輪場の出入口に近づくと匂うし、入ってしまえばただの風の匂いだけとなる。
特段気にも留めずに登下校を繰り返していると、気付いたときには匂わなくなっている。高校生のときはそれが金木犀から発せられる匂いだとは分からなかった。
その後、その匂いが金木犀の花の香りだとどうして気づいたのかは覚えていない。だけど僕は金木犀の匂いが好きになっていた。
散歩を開始する時間が少し遅くなった。16時ごろから、1時間散歩をしようと決めた。とある地点を折り返し、帰宅をする。
ついこの間まで、この時間帯はまだ空は明るかった。ある時間から急に暗くなり始めた。
まだ自宅まで距離がある。
ちょっと遠くの空の色。なんだか懐かしく感じた。
部活帰りの夕焼けだ。
中学の部活はほぼ毎日部活があった。同じ部活の友人とくだらないことを言い合ったり、じゃれあったりしながら帰った。
近くに住んでいる友人と、道路を挟んだ歩道から「バイバーイ!」と叫ぶ遊びが少し流行った。道路といっても片道一車線、幅5mもないくらいの車道を挟んでの大声合戦だった。
学校生活、部活で体力を使い切っているはずなのに、それでもなお大声を出せるエネルギーはどこから湧き出ていたのだろうか。
何が楽しかったのか分からないが、そういう意味の無いことがそのときは楽しかった。
そのときの空を思い出した。青春といえば青春だけれど、そんな甘酸っぱい思い出が付いてくるようなものではないのだけれど。無駄にエネルギーを放出していたあの頃が懐かしく思えた。
朝は重たい体を引きずるように布団から起き上がり、仕事では様々なことに神経を削られ、帰宅したらまた明日のことを考え、気を重くする。
年齢を重ね、責任は増え、取り巻く状況は変わるのに、いつまでも変わらずにいる空の景色。
腐ってはだめだ。
ふっと鼻の奥に金木犀の香りを感じた。周りを見渡しても金木犀の木はどこにもなかった。